だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#454 About my drawing その2

飲みにでかけた時に、女の子にモデルになってもらって、絵を描かせてもらっている。
逆に「描いてください」なんて言われるときも稀にあったりするので、なかなか楽しい。
(ちょっと偉そうな物言いですみません^^;)
最近は(最近でもないか)、知らない人にまで声かけて描かせてもらったりしてるけど、案外断られないものだ。
時に横に男の方とかがツレでいらっしゃって少しだけ険悪なムードになることもあるけど、そんな時は、彼氏の絵も取り込んで描かせてもらってる。それでOK!(のことが多い)
絵を描く側もだけど、描かせてもらってる側も最初は緊張されてるけど、だんだん自然ないい笑顔になってくる。
ほんとに素敵な顔になってくるんですよね。
お互いに、happy光線を出し合ってると思うんだ。
 
筆ペンで描くのがいつの間にか主流になった。
 
ずいぶん昔は、名刺の裏とか、店の「おしながき」のうらに描いてたのが、
いつの間にかクロッキー帳を持ち歩くようになって、
1年くらい前からF0というサイズのスケッチブックにブラッシュアップした。
まあ厚い紙なので、もらったヒトも結構喜んでくれている。
そうそう、描いた絵は原則として、写真を撮らせてもらったあとに、その場でモデルに差し上げることにしている。
 
昔は鉛筆で描いてて、途中からボールペンとかcopicになって、今はぺんてるの「筆ペン・極細」がメインになった。
 
今でも筆ペンを手にとったときのことは覚えている。
ワイン会の席で、とある美女が「これで描いてよ」と自分のバッグから筆ペンを取り出したのだった。
その日は、店のワインメニューA4の裏に10枚以上描いたなあ。
むろんベロベロに酔ってくるので、最後のあたりは、勢いだけの絵になってるんだけどね。
 
まあそれも味ってことで。
 
「いの町」の和紙に絵を描いて応募するという、「第11回 全国土佐和紙はがき絵展」に応募したのはずっと昔のことだったけど(2017.12締切)、なんと入選の通知が来た。
賞をとった作品も含めて、全応募作品が「紙の博物館」に展示されているというので、2018.3.15に数時間の滞在で観に行ったのだった。
 
どう、この嬉しげな顔。
 
それで性懲りもなく、また応募用の和紙はがき5枚セットを購入して帰りましたとさ。
 

 

#453 ドラゴンあらわる!

Meal time

今朝の事、夢というかほんとに幻覚を見た。
 
最初は夢だったんだと思う。
女の想念から生み出された生物が、女の吐く息から徐々に実体化していったような、そんな夢だったような気がする。
でも、それは実体化していったんだ。
 
小さなドラゴンがにじり寄って自分のベッドに上がってくるのがわかった。
それは赤い舌をちろちろ燃やし、おれを殺しにやってきたのだ。
その気配がわかったので、目を覚まし、体を半分回転させ、ベッドの上にやつが上がってくるのを観ている。
いや、待っているのだ。
それ以上自分は動けないままなのだが、その間にもドラゴンは実体化し、確固たる輪郭を持ち、テラテラとした肌が夜目にもわかるようになってきている。
 
ドラゴン自体は長さで言うと30センチ位だろうか。おれのサイド10cmのところにいる。
近寄ってきているのはわかるけど、なすすべがないのもわかっている。
何度見ても、それはいるので、それはもはや幻覚とか夢とかいう代物ではないなと知る。焦る。
 
おれのなにがいけなかったのだろうね?
こんな生物まで召喚しちゃってねえ。
喉を食いちぎられて絶命してるのを、隣で寝てる家人が発見してくれるんかなあ。みっともねえなあ。かっこわりいなあ。
そりゃ、もう一度はじめっから人生やり直したいなんて思ってないけど、まだまだやりたいこともあるよなあ。
 
お陀仏かい。
 
その時、枕元に置いてあったメガネのところから茶色い生き物が飛び出してきた。
それはメスのライオンだった。ドラゴンよりかなり小さい10cmくらいだ。
彼女はドラゴンににじりよって、一発必中の動きで、ドラゴンの喉元に噛み付いた。
2人はすごい力を入れあったままで、動かず、ただ喉笛に突き刺さったライオンの牙は抜かれないままだ。
 
どのくらいの時間が過ぎたろうか。
やがてドラゴンの動きが止まった。死の匂いが漂い始める。
そのうち2人の実態は消えて、そこに残ったのはただのシーツのシワだった。
 
力が抜けたまま、やっと上を向く。
 
夢ならわかるけど、それが夢じゃなくって絶対のリアルだったんですよね。
それを幻覚とか寝ぼけてたんでしょとか言っていいのかな?
 
そんな怖い朝だったのだよ。
 
しょんべんはちびっとらんでした。
アルコールも前夜は飲んでおりませんでしたよ。

#452 わたしの彼は左ききって歌があったよね。

 
左利きだったと言うだけでなんだか嬉しくなって、同じ環境共有している気になって、すぐに打ち解けてしまう。
これは多分左利きの人にしかわからないことかもしれないね。
 
昨日は病院の納涼会だった。
62名の方が参加してくれた。うちの病院もあと少しでまる20年になるって話だ。自分でもたまげるね。
挨拶して、それでビールを何杯か飲んで、早速いつものハイボールを作ってもらいにカウンターに行った。
そこでボーッと待ってると、彼女は左手でソーダを注いて、左手でシェイクしたんだよ。
で、聞いてみると、自分と一緒で、箸と鉛筆だけは右に強制されたと言うではないか。
彼女が左手でグラスにソーダを入れる仕草を見ていると、なんだかとてもキュンとしてしまったんだよ。
 
それからどの席を回ってても、彼女は目があうたびに近づいてきてくれて、
自分はずっと指名でハイボールを作り続けてもらって、あっというまに無事撃沈したのでありました。
 
たったそれだけの幸せで、感極まって、彼女の絵も最後には描かせてもらいましたよ。
(顔出しはノーサンクスだったけどね、あはは)
とにかく嬉しかったんだよね。
 
たまにはこんなかけらで人生はできててもいい。

#451 About my drawing その1

https://www.instagram.com/p/BkEimhgA1cW/

朝6時から働いとりますよ。なかなかヌード以外で全身像がわかるものって探しにくいので(ホントはすぐにネットで出てくるんだろうけど)、ユニクロチラシ重宝してます。やっぱ愚鈍に(考えながら)コツコツ描くしかないですね。#おえかき #ballpen #sketch #らくがき #モルフォ人体デッサン #ユニクロチラシ

 

2週間でマスター!  スケッチのきほん なぞり描き 練習帖

2週間でマスター! スケッチのきほん なぞり描き 練習帖

 

 

ほんとにたまにではあるけれど、ぽっかり時間があいたり、なにかから逃れったくって本屋でぼーっとすることがある。

昔から本屋は好きだった。立ち読みできるしね。
その時はたまたま「絵イラスト」のコーナーで何かイラストの教科書がないかなと、いろいろ見ていたのだった。
とにかく11冊やり遂げることができたらいいなと思ったので、
分厚い専門書に関しては、最初だけめくったりトライしただけで積ん読になるので諦めた。
それにしても世の中知識の宝庫であり、どれも実は魅力的な本ばかりだった。
絵にもう少し深入りするまでに諦めさせられるような、そんな雰囲気さえあった。
 
その中でなぞり書きの本を何冊か発見した。
漫画の本もあったのだけど、それだとあくまで作者の絵柄のトレースになってしまうので諦めた。
そして何冊もこの手の本を出されている山田雅夫さんの本にたどり着いたのだった。
「2Wでマスター」と銘打たれてるけど、もちろん2Wで完結するわけもない。
それだけに集中してやってりゃ別だけど。
 
簡単な形から初めて、徐々にレベルを上げてゆく。
最後は建造物の遠近法を用いたスケッチ(彼は一級建築士さんだった)になるので速度がだいぶ落ちたのだけど、
なるほどふむふむと丁寧に彼の手本をなぞっていった。
 
そのうち飽きて余白に落書きを書き込むようになったりした。いつもの悪いのかいいのかわからないくせだ。
結局は、でも、スタートはあの教科書の隅の落書きなのだ。
みんなそうして、始めるのだと思う。
今日一応最後のあたりに到達して(2ヶ月以上かかったよ)、この本から卒業することにしたんだよ。
 
その間に、
愛媛県立美術館での「熊谷守一」があり、
もう一冊のテキストである「モルフォ人体デッサン」があり、
自分の「酔っ払い画伯」としての日常のお絵描きがありだったけど、こんなにコツコツと絵に取り組んだのは、
多分人生で初めてじゃないだろうか。
 
まあそんな感じで、今は自分の年齢から考えると、
人生の「秋」なのかも知れないけど、学習に関しては「春」がやっときた気分でもあったりする。

#450 さよならぼくのともだち 森田童子さんのいない夏がくる・・

 

 

 
おれにはもう思い出せない
ストゥブがわりの電熱器のあの暖かさが
唇の裏のあの血の味も
頭を押さえつけられて飲んだドロの味も
 
おれにはもう見えない
雨の日のクロールのはるか彼方
日傘の下で微笑んでいたはずの君の表情も
 
おれにはもう涙はない
淋しいときに
君の菜の花畑で今更泣いたとしても
それはスポットライトでもなんでもないよ
 
君はそっと忘れてほしいと言った
音も立てずに去ってゆく
君は風に揺られるたんぽぽの種子のように
そっと去ってゆく
 
さよなら僕の友達
さよなら僕たちの友達
 
あなたのいない夏を
僕らは息を潜めて待つことに
もうすっかり慣れてはいるけれど・・
 
ーーーーーーーーーー
 
昨夜は飲みながら、逝ってしまった森田童子さんのことを脳裏に浮かべながら絵を描いてたら、
出てきたのは、何故か中原中也の「汚れちまった悲しみに」だったよ。
汚れちまった悲しみは懈怠の内に死を望んだんだねえ・・。
ってことなのかなあ。
ヒトが死んだことに理由をつけられるのは生きた人だけの特権で、
それはとんでもなく愚かしい行為でもあるけど、時にはそれが許される夜があってもいいと思う。
 
先日義理の父の百箇日法要に出向いた。
墓に水をかけて頭を垂れる。数珠を握って手を合わせる。
遠くに海が見える。
向かいの墓には犬の置物とか、ゴルフのクラブの墓石が置かれている。
そうやってヒトは埴輪を作ったのか、そうやって墓石を作ったのか。
 
死んでいったヒトは当然還らない。
だったら残された人はどうして生きていくんだろう。
その人を思うときにその人の死は一瞬でも二瞬でもなくなっている。
それだけで十分だ。
 
電熱器のぬくもりをもう思い出せないとしても、あのヒトの手のぬくもりはもうなくっても、
僕らはまた夏を迎えることができる。
そして僕のいない夏だって全然平気になるんだろう。
それでいい。
それでいいんだよ。
きっとね。
 
だから涙はいらない。
 
ーーーーーー
 
「春爛漫」という昔書いた詩をrefrainしておくよ。2008年だね。
 
ーーーーーー
 
雨にサクラが流れてゆく。
薄い頬の紅が流れた先は、涙の河のよう
 
そして狂おしい女の赤い腰巻からは
白い白い脚が覗いている
 
さて、本日、雨の中を行進した子供たち。
 
晴れやかな笑顔、
モノクロの虹はやがて七色に変わるだろう、
 
でも待てないで、
手をつないで渡ってゆく。
 
今日がサクラには一番いい日ですよ、
男は遠い目で語った。
 
曇天の下、薄い太陽がぼんやりと見える。
大洲城のサクラが川面に色を映す。
 
そして何かを始めたり、何かを終わらせたりするのにもね、
 
今日はとってもいい日です。
 
もちろん死ぬのにも、
 
夜になるとね、サクラの樹全体がざわめくんですよ。
 
夜になるとね、
 
よるになるとね。
 
ーーーーーー
 
 
森田童子 66歳 心不全で逝く。9歳上の僕らの友達。
 

#449 ひとりごと

「幸福とは、自分の人生が自分の手中にあると感じられること」
という言葉を、新聞の片隅に見つけた。
 
自分の人生を、自分のものにすること。
それを「是」と言える人は案外少ないんじゃないんだろうか?
 
今日、
「何もかもが衰えていくんですよ、しょうがないんですけどね・・」
と、背中をかがめて言われた80歳を越した患者さんに、
「小さなことでも夢中になれることをひとつずつ見つけたら、それだけで褒めてあげたんでいいんですよ、自分のことをね」
と話した。
 
それは自分にも当てはまることだった。
自分で自分を見つけてあげること、その先に、自分の人生を自分の手中にするという鉱脈が眠っているんだと思う。
 
ともすれば流されてゆく。
流されるのもまた人生だろう。その中にも隠されているものは少なくはない。
でも、自分の意志で、なにかを始めることを止めてはいけない。
そうやって、50年の人生を越した頃からやっと自分の「鉱脈」を探し始めたところだ。
そしてその「鉱脈」とは、
ほとんどが10代の頃にしたかったのに十分できないことだった。
なんだよ、単純な人生だな。
 
好きなことをでも一生懸命やったらいいと言われて、
10代の自分はできただろうか?
あほみたいに取り組めるのは、やっぱり、腹が座ったここ何年かだからできるんだろう。
そうやって、音楽や、絵を描くことに、向き合っている。
 
昔小説を書くことに向かい合ってたときも、
今から思えば、むちゃくちゃ自覚的ではなかった気さえする。
だって、その頃は医者になるという一大命題があったからね。
 
ところで、アインシュタインはviolinうまかったんだろうか?
死んだ親父は、下手だったけど、チェロをplayすることを生涯愛し続けた。
ピアノの先生を呼んで、自宅で手合わせしてもらってた。
ブラームスを愛し、たしか彼が出てくる本も書いてたなあ。
先代の泌尿器科のT先生も、女と酒とチェロを愛していたという。
脳出血やら梗塞を繰り返し、チェロも弾けなくなった先生は、悔しかったろうなあ。
でも彼もきっと彼の人生を手中にできたんだとおれは信じているよ。
 
おれもおれで、こうやって毎日おれの本を書き続けていこうと思ったんだよ。
命が尽きるその日まで、ちゃんとまっとうできたら嬉しいね。
 
「ビルロートの生涯」
 

ビルロートの生涯

 

#448 Maybe

 
肥大する自我。
欲望はとめどなく、
あるいは泉のように湧き出るのか、
あるいは下痢便のように滴るのみか。
 
良くも悪くも、正義も悪もない。
ただ混沌あるのみ。
 
誰もとめるものなどいない。
口を開けたら貪り喰らい、ブヒブヒと鼻を鳴らして飲んで、酔って濁った眼で他人を見下す。
おれの場所もお前の場所もとっくにないのに、まだ居座っている。
いや、目があいたまま気絶してるだけのことか。
 
足るを知れ。
足らぬを悔いるな。
おのれの寸法を把握せよ。
 
小人が巨人の服を着て歩いている。
あの娘は一生懸命つま先立ちで未来を見ようとしたよ。
でもあの娘はそのままの姿勢で、天に登ってったよ。
誰も彼女をとめることはできなかった。
 
それなのに、
中身のない陰茎に、血液以外のなにを入れて、
お前は欲望以外のなにをこの期に及んで膨らませようとしている。
 
自分のメロディを歌えよ。
はずれても稚拙でもいい。
自分のメロディしか、血にも肉にもかわってくれないんだから
 
等価交換で十分だ。
あの錬金術師も言ってたろ。
何かを失わないと何かを得ることはできないんだって。
誰も右の手を落として差し出せなんて言ってはないよ。
お前は鉛で金を釣ろうとしているんだよ。
 
鯛釣り船に帆かけてシュララララ
泥の船は溶けかけて
たぬきの背中は行灯の油で燃えている
 
足るを知れ。
足らぬを悔いるな。
おのれの寸法を把握せよ。
 
きみと風になれたら
きみと水滴になれたら
きみと宇宙(そら)になれたら
 
そんな夢を見たんだ。