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だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#93 夜のナイチンゲールと彼女の唄

poetry,and any creation

http://www.flickr.com/photos/39524563@N07/3669958056-

photo by e_brand

-----------笹井さん、ヒロシマ平和記念日、相原コージ先生の描くゾンビ、原爆、原発、そんな日々を忘れることなく生きていこうと思うこの日に。

 

彼女は背中と足の動脈を背後から刺された。


刺したのは、乱暴が目的の変質者ではなく、窃盗狙いのアル中の老人ではないかという結論になったが、いずれにしても真犯人は見つからなかった。
 
発見されたのが遅かったせいで、腸は1/3ほど壊死したし、腹膜炎で死にかけもしたが、なんとか回復することができた。
しかし足の壊疽には抗い難く、右大腿は膝上10cmで切断された。
 
長い血の滲むようなリハビリのあと(それに関しては彼女は何も語らないが)、
彼女は外郭をシリコンで覆われたとびきりのスタイルの偽の足を手に入れ、その下端にはハイヒールではなく、高速キャタピラの走行具を設置した。
 
白のミニの白衣を身にまとい、
背中には薬品やら処置具が満載したレッド・クロスのマークの入ったザックを背負い、
右のキャタピラ走行器具をローラースケーターのようになめらかに滑らせ、
エンジンを加速して、長いキュートな左足をそれに添えるように少し地面から上げて、夜の街を駆けた。
 
彼女はこの街の夜のナイチンゲールだったんだ。
 
犯罪率が貧困率がうなぎのぼりのこの街では毎晩何十人もの死者が出る。
その犯罪やら疾病の間を駆け抜けて、適切な処置を施し、あるいは救急搬送の指示をして、次の現場に向かう。
彼女の夜には休息時間など存在しなかった。
 
なにがそこまで彼女を駆り立てたのかはわからない?
ある日彼女はこういった、
「私にだって分からない、でも、こうすることでしか生きていけないのよ、他にすることもないしね・・」
そう言って彼女はにこやかに笑い、次の現場へエンジンを点火した。
 
刺された犯人が憎くってこうやって街を回ることでわたしを刺した犯人を見つけることができるかもしれないとか、
わたしのような人間を救えることができるかもしれないとか、そんな大それたことじゃないの。
街には放置されても仕方のない命のあることも事実だし、
ヤク中助けて更生してもらえるなんてそんなセンチなことなんて微塵も思っちゃないわ、
こんなこと一人でやっててもなにも変わらないことなんて自分が一番よくわかってる、
わたしは刺されて死にかけた時に、一度死んだんだと思う。
そうやって一度死んだ死者がね、徘徊するのは、やっぱり自分がかって歩いて生きて涙した通りでしかないのよ。
ゾンビはね、自分の意志で色々やってるわけじゃないの、生きてる時の自分の習性をトレースしてるだけ・・
そうね、わたしは、もうこの世にはいないのかもしれないわ、ホントは。
でもこの世にいないのはわたしだけじゃない、そんな世界を駆け巡ることでしか、生きてけないのよね。
 
夜のナイチンゲールは、ある日ショットガンで撃たれて、絶命した。
政治的解決などとしたり顔で言う輩もいたが真相は不明だ。
葬儀には大勢の人が集まったが、彼らが彼女に感謝していたのかどうかは謎だ。
その日彼女の遺言でオールフリーで振る舞われた食事と酒は、一瞬にして底をついた
そして、食事と酒がなくなった後、弔問客は激減した。
 
彼女の葬儀で流れた音楽を僕は今でも時々口ずさむ事がある、
その歌は口ずさまない時でさえも意識の外から不意に立ち上ってきて、いつしか僕の中で膨らみ、
そいつが耐え切れず口をついて外に出た時、僕の背中に彼女のやわらかな手がそっと置かれるのを感じるのだった。
 
あれからもう何十年もたった。
 
街は、どんどん悪くなる一方だ。
隣の国にまで派兵するという話だって結構具体的になっている。
もうあの歌を口ずさむことは殆ど無い。だから彼女の手のぬくもりを思い出すこともない。
こうやって生きていると、みんなゾンビなんじゃないかとも思えてくる。
過去の日常をトレースして、食って吐いて糞してファックして、その繰り返しの中から出てゆくこともない、いや出てゆこうとしないのは自らの意志なのかもしれないと思う時だってある。
みんなスピードと変化の中ですぐに忘却の彼方に消えてしまうけどね。
 
「だけど、そうやって、撃たれる日まで生きてくしかないのよ」
その時、突然彼女の声がして、僕はニヤリと笑って空を見上げてみる。
嬉しかったのは、今、たった今、あの歌を忘れてはいないことに自分が気づいたからだ。
あの歌は、おのれの裡に染み込んでいたのだ。
なぜなら彼女がささやくように歌ってたメロディが、あの時流れていた音楽に他ならなかったから。
 
また暑い一日が始まる。
彼女のいないこの街でまた長く暑い一日が。