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だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#98 「役に立たない日々」(Dedicated to 佐野洋子 )

とか言いながらなんとか今日の一日も終える。始まりがあれば心配することはないいつか終わりはかならず来るのだ。そして生きとし生けるもののエンドポイントは決まってる、「死」ってやつなんだ、平等に。外来をはじめてまず11時位で最初の徒労の波が訪れる。ああしんでぇと、今日はヘルシアコーヒーなんか飲んで痩せる気も本気モードなんかどうかわからんくせに、飲んだという事実を作るためにゴクリと飲んで、とりあえず次の患者さんを招き入れる。ホントは呼ぶ前に前の診察内容とかバックボーンとかじっくり探りたいのだけれど、そんな時間などない。透析患者さんの処方箋が透析室から廻ってくる。朝の回診で、咳が出るので咳止めをと言われて、なんの迷いもなくビオフェルミン(500)3T 3X(4)Nと書いてある。紛れもなく自分の字だ。どゆこと?なんで咳止めでビオフェルミンなの?しばらく考えて、ああムコダインだ!500mgのところだけはちゃんとあってるじゃない。おいおい、ドクター大丈夫かよぉ。いや全然大丈夫じゃありませんね。外来の途中で、さっき終わった患者さんが納得できんと言われていますとまた電話がかかってくる。再度説明して、納得いただくというのか、新しい解釈をひねり出して、相手にも一応頷いてもらって処方箋を書きかえる。たまに先生のおかげですと言われると、いやあおれじゃなくって薬がいいんで、というと、いやそれが先生の見立てですからと、また褒めてくれて、ちんちん縮こまるだけじゃなくって、居場所も無くなりそうになって、思わず握手してしまったよ、また。バルーン交換したおばちゃんが、また遊びに来るねと言って手を振って帰ってく。いや、遊びに来るんじゃないけど、それもいいですからね、と手を振り返す。ははははは。外来も結婚も気合みたいなもんだ。それがなくっちゃ乗り切ってはいけない。でもそういった行為は人が生きている限り延々と続くので油断禁物である。まあ生きてくってことはいっつもハイでもないので、基本さえはずさなければ時にはロウでもいいかなと思ってるけど、おれの顔にそんなことが書かれていることなんて、鬼ばかりの世間を渡ってきた百戦錬磨のじいさんばあさんにはきっとそんな浅はかな策略のなんてお見通しのことなんだろうな、と、まあ半分諦めて、またヨイショと気合を入れてみたりする。今日の昼は給料振込みもせねばならぬので、その準備の段取りも頭の片隅で考えたりする。こないだ資金繰りしたのはいつのことだっけ?税金の支払は9月末だったよな。どう考えても絶対的な時間が足りない。今度常勤になる職員の契約書をそう言えば朝イチで彼女のところまで持って行って口早に説明して手渡したな。ドラマとかだったら重々しく重役室に招き入れて我が社にようこそなんてゼスチャアでもしたりするのかな。半沢直樹じゃないんだからね、世の中は。透析室のテレビに、土砂崩れの風景が映されていた。また新しい場所で新しい災害だ。人の営為を自然はあざ笑ってる。それでも立ち上がるのが人間の英知だけど、その考えもずいぶん垢まみれになってきたような気がする。その間隙をついて政治家がいろんな策をひねり込んで無理やり押し込もうとしてる気もする。そういえば先日、有症診療所のスプリンクラー設置補助事業の案内が来てた。赤字の有床診療所に1000万以上の投資をしてスプリンクラーつけるくらいなら入院ベッドを閉めますという回答が多かったためか、補助事業になったんだろうかな?わかんない。でもこういう通達の締め切りはあっという間で、考える暇も与えてくれない。もうギリギリでいっつもやってるので実は戦略はあるようでない。だからいっつも本能モードでアンテナは張り巡らしてるつもりなんだけど、それだって怪しいものだ。そのうち誰かから鉄槌を下される気がする。お前のやってることはね全部全部だあめだあ〜って。子供のちんちんの皮をどこまで剥いとくのか、おねしょのなおるリミットはどこなのか、神様なんていないけど神様しか知らないようなことを、親は聞いてくるけど、たとえ話でけむにまいて、今日も子供の股間に手を突っ込まにゃならんのよ、お母さん嫌だよおおおおおおおおって、そんなに泣くなよ。小僧。おじさんだって辛いんだよ。なんだかなあ、むくわれんよなあ。でもね、先生ほんとにおかしいんですから、なんとかしてほしいと思いんですよ。お気持ちはじゅうじゅう分かります。でもね、なかなか医学には100点はないんでね、ながあい気持ちで考えましょうよ。なんて詭弁だわな。紹介状がまだ出てません、早くしてくださいって、いったいおれにどうやって時間とれっちゅうのよ。うわあ、暗く暑い夏の夜を百鬼夜行が通りすぎてくよ、今宵も。

で、聞いてみたんだよね。
そしたら彼女なんて言ったと思う。
 
「夏はね、発見されるのを待つだけなの」
「どこにあるんだろうね天国は」
「あら、わりとそのへんにあるらしいわよ」
 

 

役にたたない日々 (朝日文庫)

役にたたない日々 (朝日文庫)

 

 

神も仏もありませぬ

神も仏もありませぬ

 

 佐野洋子さんが、60代後半をぶっ飛ばし、乳がんが見つかり、骨転移が見つかり、69歳を迎えて、グリーンのジャガーを購入して、モーガン・フリーマンにハマるところでこのエッセイは途切れる。2008年冬だ。そして佐野さんは2010年11月15日に永眠された。そして自分はこの「役に立たない日々」というエッセイを、2011年に購入したのだった。

その佐野洋子という人の本を初めて読んだ。東京行きの飛行機が離陸してから読み始め、そして読み続けた。こんな人がいたんだ。こんな一人で生きることを選んだ人がいたんだ。一人で生きる意志があるからこそいろんな交友があったんだ。そして自分は、引き続いて佐野洋子さんの本を読み続けたのだった。
最後の3行だけ「役に立たない日々」佐野洋子エッセイよりの引用でした。それにしても佐野洋子さんは全くすごいばあさんだったんだなあ!
遅まきながらの黙祷です。