匂いやら空気がざわざわと立ち上ってくる、そんな漫画にまた会ったよ。
やっと読んだ、鶴田謙二先生の「エマノン」、でも佳作の先生にしてはエマノンだけでもう3冊目というハイペース。
70年代、ソバカス、長髪、細身、ジーンズでたばこをくゆらす女の子。そんな子は当時きっとたくさんいたんだろうね。
そしてそんな女の子たちは一体どこへ行っちゃったんだろうね?
エマノン、君は今日も地球の何処かをさすらっているのかな?
会いたいねぇ。
ふと調べると、絶版になっていた梶尾真治先生の「エマノン」シリーズも、kindleで読めるようになってる。あの高校生の自分に戻って読むことができたらいいのにな。ほんとにそう思ってるんだぜ。
【追記】自宅に帰って探したら、本棚の奥で2冊めの「さすらいエマノン」も無事発見。寝落ちする前に読みましたよ^^
2008.8.4の文章より
おもいでエマノン読む。
1979年、大学浪人時代、京都の薄暗い部屋で、ボクはSFアドベンチャーに掲載された『おもいでエマノン』を確かに読んでいる。19歳。何が欲しいのかわからないがただ、いらついていた。大学生になりたいのに、鴨川を歩くカップルに異様なほどの嫉妬の炎を燃やし、京都女子大のおねえちゃんに今度は誰が声かけるのか、とか、そんなしょうもないことを寮の連中と話しながら銭湯にゆく日々。帰省の新幹線で、隣に座った女子大生のお姉さんになぜかとうとうと自分の夢を語った。あの時はバリに行きたかったのでしたっけ。ガムランのリズムのなかで解放されたかった。そしてオレはホントに小説家になりたかったのでした。ここにないどこかに何かを転化して、自分から目をそらせようとしていただけなのかもという自己分析はやめておこう。とにかく、はた迷惑な話のはずなのに彼女はずっと聞いてくれ、夢はね、かなえたっていいのよ、と言ってくれた。
人を好きになるのはどれだけ一緒にいたか時間とかそんなものじゃないのよ、それが一瞬でも、13年でも。エマノンはそう言った。