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だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#273 on a cold winter morning

重信川の出会い大橋を、ヘルメット着用の女子高生が、立ち漕ぎで自転車を進めていた。
その横を、通勤の自分は呑気に斉藤和義さんの歌を聴きながらアクセルを踏んだわけで、
「どいてくれよオッサン!」と彼は歌っていた。
 
自分も高校は遠距離自転車通学だった。
ギリギリに家を出て、自転車を走らせた。
旭川岡山市内を流れる川)を東西に超えて、そこから高校のある方向に向けてひたすら南下する。
自宅からの所要時間は30分位だったろうか?
(なんか今Google Mapで調べたら6km以上あったよ、よくそんなとこまで雨の日も風の日も通ってたもんだけど、その当時の自分にはそれが当たり前だったんだよなあ・・)
とにかく、新設のその高校は、何もないたんぼの中にでんとあり、夏は、乾いたアスファルトの上にカエルの干からびた死体が散見されたのを覚えている。
 
その日、冬の道路は凍結し、ヒョウも舞って、自転車のこころもとない車輪はスリップした。
目の前を走っていた彼女の自転車も大幅にスリップして、そのまま横滑りに崩れ落ちた。
彼女の白いパンツがちらっと見えた。
「大丈夫?」
「大丈夫」
彼女の膝小僧にはうっすら血が滲んでいた。少し黒っぽい血だ。
自分は彼女の自転車を起こして道の脇に立てることくらいしかできなかった。
じゃあね、と言って自転車にまたがる。
ふたりとも学校の始業までにほぼ持ち時間はなかったのだから。
その彼女は、どこかで留年していて実は1歳年上だったことを知っていた。
 
何十年かして、同窓会か何かで、彼女が若くして死んだことを聞いた。
とんでもないことに若くして亡くなられた方はほかにも数人いた。
びっくりした。
年老いた教師たちを観た時も驚かされたが、同窓の方がもうこの世にいないことはなかなか腑に落ちるものではなかった。
自分が「死」と比較的身近な業界にいるにもかかわらず、である。
 
ついでに、医者になってすぐに縊死を選んだヤツのことも思い出した。
刃物を自分の胸に刺し、車中で死んだ先輩のことも。
糖尿病で突然死した、他科の先生のことも。
 
だから、彼女の見ることのなかった景色を自分は今見ているわけで、それがどんなにか素晴らしいものかそれともクソッタレのものなのか、彼女に伝えるすべもないけど、まあそういった次第で、ここで生きているわけだ。
 
何かをことさら声高に語りたいわけではない。
自分もいずれあっち側の世界に行くことには間違いないのだから。
早いか遅いかの違いだけで。
 
ふと自転車で橋を渡る女子高生にそんな昔を重ねてみただけの話だ。
 
川を一つ超えてしまえば、そこには自分の知らない新しい世界が待っていると信じた時もあった。
今、自分の前には、川を超えたらバラ色に変わるような世界などない。
一歩一歩歩んでいっても、バラ色の世界にたどり着くとも思えない。
でもここよりどこか一歩先を希求する以外に、おれの方法論はない。