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だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#329 泌尿器科の新教授の就任祝賀会に行ってみて、まあいろいろ考えたりはするけどねえ。

https://www.instagram.com/p/BKzo8UMAVNC/

 
昨日は考えるに昼過ぎから延々8時間飲み続けていた計算になる。
おかげさまで、なんか頭と身体がボーっとする。
会は昼から始まり、アルコールのテンションが味方してくれたのか、やはり終わってから一人で飲みに行ってしまった。
クラフトビールの「BOKKE」さんである。いつ行ってもいい店だなあ。
というわけで、そこでもまた盛り上がって楽しい時間を過ごすことができたのは言うまでもない。
 
泌尿器科の新教授の就任祝賀会だったのだ。
 
参加者は120名程度。
新教授は岡大出身で自分よりも年下ではあるが、なんと自分と卒業年度は同じという、びっくりのシチュエーション。
そんな理由で、愛媛大学卒業からすぐに岡大に入局していった同門の懐かしい先生方にもあうことができた。
もちろん、日頃会うことのできない、県外の同門の先生たちとも。
 
当然、お歴々の祝賀が続くわけだ。
 
それによると、みんな教授とか病院長になると、選挙の時の公約よろしくいろんなことを医局員に言うらしい。
雑賀教授は「患者さんがわたしと会ってよかったと思えるような医療を提供したい」と言われていた。
自分も一医療者として、なるほどなと思った。
でも自分は果たしてそんな個々に即した医療を提供できているのだろうかなあとも思ったのも事実だけど。
 
時々自嘲的に言うこともある、「いやあおれがなおしたんじゃなくって薬が治したんですよ」
とか「こちらこそきていただいてありがとうですよ」「いえいえ先生それはわたしのほうが言うセリフですから」。
医者は病気を治す。でも治る病気なんて一握りだ。たしかに前立腺がんはダヴィンチで根治的治療ができるかもしれない。その後の尿失禁は治るヒトは治るけど治らん人はそれなりで、その後の人生を失禁状態とつきあっていくことになる。透析だって根治治療ではなく、極端な言葉で言えば延命治療であると言ってもいいかもしれない。まあ医療も人生も似たようなもんだよね。おれは医者としても自信があるわけじゃないので、自分に感謝の言葉を言われると、なんだか身の置き所がなくなってしまうんだよ。でも一医療者として病気であるヒトとその人が有する疾患に真摯に向き合うことだけは忘れていないつもりだ。でも向かい合っていてもこぼれ落ちていくものが多すぎるのも事実だ。どっちやねん!だから最近その行為とか営為がいささか重すぎて潰されそうになってるのも否めないのだ。
たまたま医療という場で偉そうなうんちくたれてるお前さんだけど、では、人間としては、おまえは、ひとつひとつのことに真摯に向かい合っているのか?
そんな問いも頭の片隅に浮かんで飛びすぎていったのだけどね。
 
同門会の会長のB先生が、「リーダーになる人はわたしの知っている限りではみんなカリスマ性があります」とスピーチで言われていたのも妙に残った。
みんなそれなりに歳を取って、勤務医ならその病院で部長とか副院長とかのクラスだろうし、教授だったりもするし、開業してれば規模の大小はともかく一国の主で、部下とか職員も抱えていることだろう。自分だってそうだ。40人位の職員を抱えてやってる。その人生に悔いがないか?いいことばかりはありゃしないとキヨシローは歌ったけどそんな感じだね、まさに。
そのなかで、経営者として生きて、リーダーとして生きて、カリスマ性を持ってかあ、気が遠くなる話だよねえやっぱり。
 
友だちなんてそんなに数はいらない。歳取ってゆけば心を真に許せる友が数人いれば十分だ、というような話もある。
おれはどうだろう?心を許せる人なんているのだろうか。誰かに寄り添ったり、酔って愚痴を言うことはできる。でも最後は他者を拒絶してるんじゃないのかな、このおれは、そんなふうに思う。それは寂しいことなのか?おれはさびしい人間なのか、さびしいのはじゃあ悪いことなのか?それもわからんなあ。
 
人間は結局社会的動物なので、他者との関係性においてしか生きていけないのも事実で、自分もそうやって生きて生かされていることも事実だ。だから他人を無視したり貶めたりするものではない。でも最後におれの心の奥を覗いてみたら、そこにはカリスマ性とか、会えてよかったねとか、そういったものは残念ながら希薄なような気がする。さびしいやっちゃなあ。
 
でも、いつもそんなことを思ってるわけでもなく、酒を飲めば楽しく、上機嫌でやってますんでねえ。まあコレもいっつも思うんだけど、人間が100%の全知全能の存在じゃなくってよかったよ。欠陥だらけで、ちょっと過剰になるとすぐにしんどくなったりするのがちょうどいいんだろうね。その範囲でできることなんて限られているっているのがよろしかと。フルスロットルでは働けんし、寝んといかんし、愚痴もこぼさんといかんし、愚かしいからこその人間で、だからうじうじ悩むんだろうけど、その分歓びもひとしおってもんだ。
 
ああ、なんか、心の底の檻のようなものを吐いちゃったよ。
 
教授になる人がいればなれん人もいるし、世の中光が全てに平等に当たるわけでもなく、自分の何十年の泌尿器科人生も中盤過ぎていろいろ考えさせられたことに結論がつくわけでもないけど、昨日の諸先輩がたのコトバたちにインスパイアされたので、徒然に書いてみました。