だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#336 星の王子さまのいる空

リトルプリンス 星の王子さまと私(吹替版)

 
「リトルプリンス 星の王子さまと私」(2015)というフランスの映画を観る。
 
アニメで吹き替え版で、日本語版オフィシャル主題歌はなぜかユーミンのものだった(ユーミンかなああと思ったらそうだったという妙なマッチ感)。
 
サン=テグジュペリという作家は飛行機で出かけたまま地中海から帰ってこなかった。
そんな神話的なエピソードを持った作家もそうはいないだろう。
そしてそのエピソードは当然自作の「星の王子さま」を彷彿させる。
自分も最初は「星の王子さま」から入った。そして飛行士であったサン=テグジュペリその人にも当然興味をいだくことになるのだが、それはまた別の話。
 
王子様は蛇に咬まれて(自分を咬ませて)死ぬ。飛行士は砂漠を脱出する。
以来彼は夜になると、星を見るのが好きになったという。
王子様はバラの待つ自分の星に帰ることができたんだろうか?
そして、ヒトはみなおとなになるときに何かを捨てて忘れなくては本当にいけないのか?
大切なことはほんとに目に見えないのか?
目に見えることの中にだって大切なことはたくさんあって、お金で買える幸せだってあって、汗水たらして働くことは決して悪いことだけではなくって、それでもやるせないことは歳を経れば経るほど増えていって、それでも大人は涙をこぼしちゃいけないときもあって、あの人はどうしてあっちにいかなければならなかったんだろうとか、あの人はじゃあほんとに目をつぶって心のなかに問いかけてみたら蘇るのだろうかそれで自分を納得させといたんでいいんか、とか、なんか、いろんなことがごっちゃになって、目の前をビュンビュン通り過ぎていった、この映画の合間に。それだけでこれはオッサンである自分にとっても悪い映画ではなかったのだと思うよ。
 
実は中学校の時、演劇部で「星の王子さま」のお芝居をした。
自分は飛行士の役だった。子供だった自分に飛行士の気持ちなんてわかるわけもなかったんだろう。今思うに。
でも、その頃の自分にあって、大人になることはそう捨てたもんでもないよ、って、今ならえらそうにじゃなくって言えるかもしれないな、なんて、ちょっとだけ思う。
 
でも、あの中学校の校庭で体育座りをした昔の自分は、そんなオッサンのおれを睨みつけるだけなのはわかっちゃいるんだけどね。
それでもね、なんかゆっくりとじっくりと話したいんだよね。
生きていることのつらさを、生きていくことのすばらしさを、いつかキミが好きになった人も君を好いてくれた人もいなくなっちゃうかもしれない、それはしかたないことかもしれない、でも、君やあなたが死んでも目を閉じればたしかにおれの隣りにいるんだけど、それでも生きてるうちにもっと喋りたかったよね、そんな話もしてみたいと思うんだよ。