だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#298 透析学会周辺のあれやこれや①

透析学会に出かけるプロペラ機の中で読み始めた「百日紅」、を、休日の本日読み終える。
 
江戸をこよなく愛したという、故・杉浦日向子さんの代表作だそうだ。
家人からずっと借りっぱなしだったのをやっと読み始めたのだった。
 
 
一応北斎の娘のお栄が主人公だけど、ホントは、江戸で生きる市井の人達とそれを取り巻く不思議なあの世とこの世の境界が希薄だとでもいう世界が主人公だと思う。
起承転結というのではなく、スーッと入ってきていつの間にかいなくなっている、そんな話たちが続いてゆくのだ。
だけどその中には幾つもの息遣いがうごめいている。
素晴らしすぎる。
杏さんが声優さんやって、アニメ映画にもなったんだけど、こちらでは上映されなかったんで未だ観ることもかなわない。
昔、南伸坊先生の「李白の月」とかを読んだ時に生じた軽いめまいのような浮遊感を堪能できました。
 
若冲」から始まった江戸巡り(実は始まってもないのかもしれないけど)も膠着状態ではある。
なんと道後のアートをあの山口晃さんが担当していたりして、自分のまわりの「お江戸」アートは、いろいろ手を伸ばせば容易に届くところに案外あるのかもしれないんですけどね。
音楽と同様、Artというのも自分の日常からかなり乖離しているようです。
まあそういったものを追求するのが楽しいんですけどね。
 
昔書いたblogよりの引用を・・
 
そこで『李白捉月』の話を思い出した。(『李白の月』南伸坊 ちくま文庫より)
 
晩年、李白は、当塗の近くで長江に船を浮かべ酒を飲み詩を詠じていたときに、水面に映った月を取ろうとして溺れ死んだという「捉月伝説」である。
 
南伸坊さんの漫画のほうではこうなっている。
 
  その晩も詩人はひどく酩酊していた
  月が川面に揺れるのを掬いとろうとするらしかった
  旦那様、いい月ですね
  ・・・・・・・・
  グラリと舟が傾き船頭は目のはしに
  詩人が大きく身を翻すのを見た
  不思議なことに水音が聞こえなかった 
注釈で、南伸坊さんはこんなふうに書いた。
 
酒仙、詩仙、謫仙と評された李白は、あるいは麒麟にまたがり、あるいは酒瓶によりかかった姿で描かれて、歴代の仙人の仲間に数えられているというのに、こんなにやすやすと溺死してしまうのはいかがなものか?
私の解釈はつまり、船頭の見た水中へ沈んでいく李白の姿は、すなわち月に向かって昇仙する李白の、水に映った影のほうであったとそういう「落ち」であったのです。
 
竹内先生は、ゆらゆらと水の中を月に向かって登って行かれたのだ、と、そんな光景を思い浮かべて、なんだか腑に落ちた。
その手をひいてくれてたのが天女だったりすると、いかにも先生らしいよな、とか、ひとりで余計腑に落ちたりもしたのだった。
 
うん。