だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#457 ああ、なんだか旅に出てえなあ

昨日の夜、酔っ払ってしゃがみこんだ大街道で。このあとサックスのケースを枕に寝てたら、知り合いに発掘されました^^;
 
 
昨日片付けれなかった仕事を、
昼から病院に出てきてちょっとずつ片付けている。
明日でいいやとなると、また色んな仕事はあっという間に蓄積してゆくのだ。
それから家に帰ってバイオリンの練習をする予定です。
やはり、この台風で重信川の水かさはだいぶ上がっている。
残念ながら伊予市の花火大会は中止になったけど、
先輩の先生のお宅でパーティーがあって、そこでバイオリンを弾くことになっている。
 
こうして、ひとけのない診察室で仕事をしていると、
どこかに旅に出たいと思う。痛切に思う。
いや、逃げ出したいのか。
でもきっと誰も知らない土地では、1人で知らない酒場にも入っていく勇気ももてないだろう。
コンビニで酎ハイでも買って、ホテルの部屋で生産性のないビデオでも見るくらいが関の山かもしれない。
この街で、なじみの人を相手にへらへら笑ってる方がありがたいし楽しいのもわかる。
でもやっぱりそんな自分を全て放り出したくなるときだってある。
 
移動していくということが、
通り過ぎて二度と帰ってこないということが、何かを訴えるのだと思う。
ここにはもう二度と帰ってこないのだと思うが故に、神経は研ぎ澄まされて視界はよりクリアになる。
 
音楽だって、その音に耳を研ぎ澄ませて、瞬時に次の音を探るという行為は、あるいは旅なのだ。
adlibはそして多分手癖はあっても一回限りだ。
そして、目の前の女の子を見て、筆を走らせ、絵を描くことも。
 
そういった意味では、昨日音楽の相棒といろんな店で盛り上がったのだって旅だろうかなあ。
転勤族の彼と一生付き合えるわけではないということがわかっているので、二人の逢瀬はいつもハイテンションだ。
二人で、音楽のプレイ以外でも、せっせとセッションしてるんだと思うよ。
 
大体、こうやって50何年生きてきている人生だってそもそもが旅なんだとも思う。
だからこうやっておいらがしゃべる言葉だって立派な「詩」なのだと思うよ。
 
詩人の三角みづ紀さんの、旅の葛藤を綴った文章(聞き取り?)を読む。
すると旅と、ゴールは誰しも決まっている死に向かう人生とが重なるような、
なんだかそんな気持ちがふつふつとわき上がるのを感じる。
 
あー詩が書きたくなるねえ。
 
 
移動をつづける
町から町へ、町から島へ
そうやって徐々に
目的だけになって
する ことを
する ために
風景がしんで黒い額縁に飾る
ひどく疲れているのかもしれない
もうすぐサンタルチア駅だ
 
(「トレイン#2214」より)