だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#616 休日の発熱外来と、松田優作のいない日をあらためてかみしめるという事。

CLUB DEJA-VU ONE NIGHT SHOW 松田優作・メモリアル・ライブ +優作について私が知っている二、三の事柄 [DVD]

 
松田優作 1949-1989
 
CATVで松田優作さん没後の関係者へのインタビューで構成された映画を見た。
没後30年のメモリアルライブとセットだそうだ。
「優作について私が知っている二、三の事柄」というもので、崔洋一監督のインタビューからの構成だ。
 
メインの証言者は、水谷豊さんだったり、桃井かおりさんだったり、原田芳雄さんの息子の原田喧太さんだったりした。
松田優作ショーケンとか原田芳雄さんという、身近にお手本になる存在がいたので(こんなこと聞いたらきっと生きてたら怒るだろうなあ) 、自分の立ち位置を出しやすかったのかもしれないと桃井かおりさんが言っていたけど、松田優作氏はおもいっきり原田芳雄さんの方に行って、そして最後には原田芳雄さんとは別のベクトルを目指したんだということがよくわかった。
だから松田優作松田優作になりたかったのは後半の松田優作だったのかもしれない。
彼が膀胱がんの治療よりハリウッドを選んだのは有名な話で、
まったくねーまったくだぜとは思うものの、泌尿器科としては、やはり膀胱がんの治療を優先させてほしかったなあという心残りが今でもある。
回腸導管のハリウッドスターになれたかもしれんじゃない、優作兄貴よぉ!
まぁ彼が死んでしまった今はそんな感情もめっきり薄れてしまってきており、この映画を観て、優作の不在を久々に味わい、また思い出したわけだけど。
そして、原田芳雄さんのでかい写真が飾られた原田芳雄さんの家で、語る息子の原田喧太さんは親父にそっくりで、それだけでそっちもなんだか嬉しくなったのだった。
 
桃井かおりさんが、
インタビューの最後で「生きるって事はどういうことなの?じゃあなにやればいいんだって・・」と語るところで映画はぶつ切りで終わる。
「生きるっていうのはね、死ぬまでの全てなんだよな」
今のおいらはそう答える。
やっぱり、だから死ぬなよ!なんだよね。
 
そんな今日は休日当番で、
やはり発熱に関しては非常にナーバスな感情をみんな抱いていて、
それでこの愛媛でも患者が急上昇ということもあって、心配で来られる方が通常よりは多い感じだ。
我々は、アナムネをとって、電話で対応し、ガウンとゴーグルの重装備で黙々とトリアージをしていくのだ。