だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#627 焼き鳥の街で

Yakitori lantern

Yakitori!

(本文とは直接関係ないFlickerのものです。ああ「鳥匠」いきてえ。)

 

 

図書館の別れ際、女子大生に連絡先を書いたメモをもらった。
嬉しくなって、自分のも探さなきゃと鞄の中を漁るが、自分の名刺はどこにもない。
こんな時のために とっておきの医師会の役職のついた名刺があるんじゃないのか!と的外れたことを思ったりする。
そして肝心なものは探す時には見つからないのは世の中の法則だ。
 
サイレンが鳴る。懐かしい響きだ。
 
今日は歩いて帰ることになっている。
繁華街を通り抜けて帰るんだけど、なぜか街は焼き鳥屋だらけで、店の先々には色とりどりの暖簾が下がっている。
「鳥なんとか・・」と書かれた店がやはり多いな。
メインストリートの脇に立てられた旗もほとんどが焼き鳥屋のものだ。
 
いつのまにか路端の老人を拾って一緒に連れて帰ることになっている。
オヤジのようなそうでないような、知り合いのようなそうでないような、
でも兎にも角にも俺は彼を送り届けねばならない。
 
爺さんは 口癖のように、「このたびは」と言っている。
このたびはお日柄もよろしく、このたびはお世話になります、このたびは、このたびは。
その言葉はよく聞いたことがあるのに、どこの言葉だったのかその時点では思い出せないでいる。
足のヨロヨロの爺さんに、「家まで遠いけどもうちょっと歩きますか、繁華街のはずれまで出たらタクシー拾えると思いますし」という。
「ところでご飯食べましたか?」
「わしはもうこのたび食った気はしとりますが、でももうちょっとあんたがええなら飲める気がしちょります」だって。
 
繁華街の外れの方に行くと、どんどん寂れた感じになって、暖簾が風に舞って店の中がすべて見える。
店の入り口には大きな筆文字で「無」と書かれている。
でっかい「無」 の一文字だ!
 
店の店主らしい人がまかないの料理を用意している。
大テーブルの上には一升瓶がドンと置かれる。
彼と目が合うと寂しそうな微笑みだったので、「アチャー、入らせてください」と爺さんと二人で入る。
店主は笑ってカウンターのようなテーブルを大テーブルにつける。
まあこちらにの方が雰囲気出るんでとりあえず、と言って、長椅子もだしてくれる。
そこに座った爺さんは、早速まかないの親子丼に箸を ツッコミながらもぐもぐだ。
どこから持ってきたのかタバコを吸って、湯呑茶碗の中に入れてる。
「それはやめなきゃダメだよ」
店の人は「いいですよいいですよ」といつしか影絵になって頷いている。
厨房の中では、若いもしかしたら息子さんかな、が、焼き鳥を焼き始めている。
女将さんがきんぴらごぼうとかの小皿を出してくれる。
テーブルの上の一升瓶から 茶飲み茶碗に酒を注いで勧めてくれる。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
見ると、隣の爺さんは涙を流しながら酒を飲んで、「このたびはもったいないことです」とたぶんよだれを垂らした。
 
そこでふと思い出した。
あーこの人はうちの家族でも近所の人でもないよ。
この爺さん、確かもう何年も前に死んでた人じゃない。
お墓は山口だったかな? 山口からわざわざ出てきたのかな。
「**さん!」、 名前を呼ぶと、光が弾けて爺さんは消えた。
 
それにしてもここは居心地がいい。
焼き鳥の煙と匂いがすべてを覆い尽くしてゆくんだからね。