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だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#354 旅する流れるとどまる

水惑星年代記 月刊サチサチ (ヤングキングコミックス)

今日の一言;
 
「それでも人間には便利な機能がついていました
ヒューズが切れたら寝ちゃえるってことだ」
(月刊サチサチ 大石まさる より)
 
いえい!
眠りは誰もを等しく殺し、状況が何も変わってないとしても、蘇らせてくれるよ。
 
旅に出たいと希求する。
 
それは最初はこの日常から逃走したいという安易な発想からだ。
でも日常は生活の基盤であり、そこに帰ってこなければならないことはわかっている。
基盤が崩れたらそれは、放浪で、旅にはならない。
 
非常に都合の良いコトバに「ノマド」なんていうのがある。
このITの進んだ世の中なので、PCと通信環境さえ揃っていればどこでも仕事になるというものだ。すんばらしい。
でも、man to manで仕事しているオイラにはそのコトバは、「旅」という単語同様遥か彼方できらめいているだけだ。
 
若い女の子が、バイク一台で気ままに旅に出る。彼女は放浪しながらも、雪の中の小屋に居住地を定める。生活が生まれる。なんかどうも彼女は翻訳の仕事で下訳しながら生計もたてつつ、掘っ立て小屋暮らしをしてるらしいよ。うらやましいなあ。そんな漫画を久々に読む。
涙がぼろぼろこぼれてくる。
どうしてかわかんない。
彼女はまた次の旅に出る。今度は南に向かって。
たぶん彼女の辞書にはサヨナラの言葉はないんだと思う。
 
ずいぶんサヨナラを言ってきた。知り合いにも、そうよく知らない人にも、患者さんにも、自分の親にも。
こんにちわよりサヨナラの数のほうが増えてきてるような気もする。
サヨナラの前には、それはともに過ごした時間とか経験とかが横たわってるせいなのかもしれない。
だからサヨナラの重さのほうがまさってきてるのかもしれない。
生まれた赤ちゃんにこんにちわを言っても、そのつぶらな瞳の中に、今後オレと共有する時間があるのかどうかなんて誰にもわかりゃしないからね。
 
ノラ・ジョーンズの声が心地よい。
どんなに離れていても自分の耳元にあるような、そんな彼女の声のような、
別れた人たちはそうやっておれの耳元でたぶん囁いていったのだ、だから忘れることができないでいる。
 
だからどこに行っても実はおんなじなのかもしれない、おれがおれであるかぎり。
あなたがあなたである限り。
それでも、違う景色の下で、違う風に吹かれながら、
あなた達の囁きをまたまどろみの中で聴きたいと余計に思うのも、これまた真実。