だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#600 「CHAIN GANG」と「UNCHAINED」

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「チェインギャング」という歌をバンドで練習している。
言わずとしれた、「ブルーハーツ」のマーシーの楽曲だ。
チェインギャングとは鎖に繋がれた囚人のことなんだそうな。
この曲における我々の編成は、ドラム無しでアコギとベースと ブルースハープとそしてボーカルのみだ。
結構単調な曲なので フィーリング が重要になってくる。
自分たちとしてはまずまずの出来だと思っているけど、聞く人がどう受け取るかはまだわからない。
だって人前ではやってないからね。
そういうわけでこの曲ではブルースハープ担当です。
 
チェーンに繋がれている黒人たちが自らの足で歩かされながら、ときに鞭打たれながら南部の泥道を下っているというような画像が頭をかすめる。
鎖に繋がれた囚人たち。
気の遠くなるような熱い日差し。微生物。疾病。飢え。脱水。
希望はない。
 
パピヨン」(Sマックイーンの名作で、最近リメイクされた)は、絶海の「悪魔島」という収容所から、それでも自由を求めて海にダイブした。
人がどんな苦しい状況に陥っても諦めないというのはどういうことなのか、
未だに自分にはわからない。
そこで対比なのかどうかわからないけど UNCHAIN とという言葉を想起してみた。
アンチェインドという言葉は鎖に繋がれていないということなんだろう。
だけど、それがはたして自由なのか、いいことなのかと言うと分からないし、今の世の中は言うてみたらアンチェインドに見えて、実はいろんなもんに縛られつけられてるのではないかと思った次第。
ほら、今、実際、目の見えないコロナにぼくたちはこんなふうにあんなふうにそんなふに縛り付けられている。
 
昨日は二日酔いでほぼ死んでる日だったので、
冷蔵庫のものを引っ張り出して昼と夜にした。
ナス(ミニスイカのような丸いナス)と人参の蒸煮と、しょうゆ目玉焼きと生ハムとパンの耳。
ゴーヤとオクラと人参たっぷりのハンバーグカレーにはらっきょうを。
 

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パピヨン(字幕版)

パピヨン [Blu-ray]

#599 ZOOMでの学会とリアルと。

Online

昨日は医師会の理事会。リアル会場とおひとりZOOM参加。
 
医師会の講演会もWebになったり、メーカーさんのそれもしかりだったりする。
 
なんか我が医師会でも10万以上する大会議室用のスピーカーマイクも買うことになったみたいだし、
そうやってどんどんIT化は進むのだけど、
残念なのかラッキーなのか人間はアナログでしかないので、あんまり偉くなったような実感もなく、淡々と医師会での時は過ぎてゆくのだった。
 
今後のコロナとインフルの時期に関して、
一般診療所が「発熱外来センター(?)」として具体的に手あげするということに関しては、もう少し持ち越しの感じ。
でも、どこまで診療所がタッチするのか、厚労省は10月中に整備すると言いなさるが、具体的な絵がまだまったく見えてこないので、不安はかなりあるなあ。
 
延期されていた「愛媛県泌尿器科医会」も、愛媛大学からのWeb配信(演者たちはそこへリアルで集結)、リアル会場県内5箇所で開催された。
自分は日赤で聴講したのだけど、
周りに、自分と一緒のフィールドの泌尿器科医たちが「生」で座っているという存在感は、なにものにもかえがたく頼もしかった。
月並みな言葉になるけど、
「オレはこの片田舎で一人で、孤軍奮闘で泌尿器科やってんじゃないんだよなあ」、と、思わず泣きそうになりました。
自分が紹介した患者さんが、この日赤とか、県立中央病院で、若いDrたちに診てもらって治療してもらってるんだよなあ、という、あたりまえの「感覚」が、ネットとか、メールを通しでではない、実際白衣を着た若い先生の背中から感じ取れたのだった。
 
嬉しいね。

#598 STAY AT HOMEのワインたち

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その1
 
コロナになってから、自宅でワインを飲むことが増えた。
 
家族3人で1本をシェアする。
適量のように思うけど、
時折足りなく感じて、焼酎やらウイスキーを足して後悔することになる。
夕食の折に飲むわけだけど、
調子こいて、ワインからさらに次に移行すると、その後の生産性は著しく低下するもんなあ。
でも飲んでしまうんだよねえ。
うだうだとしていて気がつくと寝落ちしてたりするもんなあ。
 
昨日は、岡山県井原市のパン屋さんの作っているという「田舎ワイン」をいただく。
ワインのことは、
飲んでる割には知識ないままだ。
神の雫」も昔読んだ(まだやってるのか?)。
フランスワインの種類のカタログも眺めた。
系統だって勉強しようと思って本も購入したがだめだったので、もう無理だろう。
「スッキリしてるねえ」とか、「コクが有るのにマイルドだねえ」とか所詮そんな感じで終始するのみだ。
ソムリエバッジは眩しいねえ。
 
家人の作ってくれたサーモンのムニエルとのマリアージュで美味しくいただく。
 
その2
 
調べたら、daybreakっていうのは夜明けっていうことなんだね。
「昼を断つ」っていう事は夜なのかなぁ・・と思ったんだけど、違うんだね。
 
面白いね。
 
夜が明けると一日が始まり、そして夜になると寝て死んで、そして朝になるとまた再生する。
その繰り返しだ。
 
夜になってたくさん死んで、次の日に起き上がることなければ、それがこの世からのバイバイだ。
そう考えると、再生する夜も抜きにしては語れないし、
起きている「生」の時間も一秒たりともおろそかにはできない。
 
そう思いながら、なんか骨抜きになってることを、
おまえは「コロナ」に紐付けててそれで満足なのか?
 
「You and the night and music」という曲をたまたまだけど発掘して、にわか練習始めた。
これにお酒がつくと、完璧かな。
たとえ朝になって夜の魔法が解けたとしてもね。

#597 2020/09/08の「しんすけsキッチン」

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・鰤(ブリ)のたたき たっぷり薬味
(みょうが、大葉、にんにく、しょうが、ネギ、ポン酢、醤油)
・白ごはん
ロメインレタスカシューナッツとゆで卵のサラダ 自家製ドレッシング
(こちらは削りたてのかつを節をかけて頂く感じにしてるけど、削りたてはやっぱりいいよねえ。)
・ナスと大根と豚肉のビール煮(Staub
(有り余っている期限切れのビールをこうやって料理に使ってるけど、今日はエビスだった。塩と、コンソメキューブと、アンチョビ、ビールでの味付け。)
 
今日もハードだ。
全く、テンションが上ってこない。でもその少ないテンションを増幅して生きていかねばならない。
因業にまみれたヒューマンビーング。ぶひぶひ。
 
そんなわけで、バイオリン・レッスンのあと(ボッサのリズムが取れず壊滅でありましたが)、エミフルで買い物。
 
タサン志麻さんの水切り方法で、ロメインレタスの水分を絞ってみる。
ザルにレタス入れて、鍋で蓋をして、シェイカーを振るみたいに振って水分を飛ばすのだ。
ちょっとキャンプみたいで面白いではありませんか。
ビール煮込みが一番時間かかるので、最初にその工程に着手する。
次が炊飯。
一時は鍋で炊いてたけど、それは続きそうになく、普通の電気炊飯器に頼ってます。
風呂も入れる。スキをぬって犬の餌。
煮込みに関してだけど、
待っている間に「鍋」と「時間」が仕事をしてくれるのだ、と、彼女は語ってたけど、
「鍋」を擬人化した表現はいかしているではないか。
 
なんとか、生きてゆかねば。

#596 夢十夜

Greece

Greece

Middle White Piglets

Parents 5

Parents 3

(写真は本文とは全く関係ありませんけどまあなんとなく選んでみました。)
 
 
異国だ。
 
窓の隙間から乾いた砂埃が舞い込んでくる。夏の陽射しは容赦ない。
われわれはタクシーに乗ってどこかを目指している。えらく古びた、塗装のハゲかけた、凸凹のクルマだ。
S50年代風といえばわかりやすいか。
我々は廃墟のようなところに到着する。瓦礫が積み上げられたような場所だ。
ここになにがあるのか、わからない。
瓦礫の向こうは断崖絶壁で、その先は明るい緑の水と波、そして空が抜けるように青い。
 
「ちょっと、目的のものを探してくるからね、クルマの中で待っててね」
 
そう言って、タクシーの手動のドアを開けて外に出る。
熱気が押し寄せる。
後部の座席に座っている両親の顔は、陽射しが作った影でよく見えない。
 
「だから、バイオリンは預かっておいてね」
そう、親父とお袋に言う。
目的の地を自分がわかっているのかどうかわからないのに自分の足取りは迷うこともなさそうだ。
 
そうだ、これは夢なのだ。
その時気づく。
夢だから正しいも間違いも秩序もクソもなくてもなんら不都合はない。
 
数十メートル歩いて、約束の場所までは歩いていけそうだということだけ確信する。
なので、振り返ってみると、
外国人の運転手が車外に出て、ケースを開け、地面にバイオリンを叩きつけて、踏みつけている。
ついで弓を手にとって曲げている。
音が聞こえないのに、骨折のように弓が折れる音が、自分の腕が折られるように聞こえた。
 
「何しやがるんだ!」
その声が聞こえたのか聞こえないのか、運転手はニヤリと笑って車に颯爽と乗り込んで去っていく。
後には砂煙が残るだけだ。
 
「何やってたんだよ、親父」
と両親を探して、みつけた彼らは、心もとない存在でしかなく、
やがて瓦礫の中の一幅の絵のようになって、風景に溶け込み煙のように消えていく。
 
あぁそういうことだったんだ。
これは夢だからなんでもありなんだよな。
あわよくば目が覚めたらおれのバイオリンが治ってくれますように。
そう思いながら粉々になったバイオリンまでたどりついて、楽器を見下ろしていると、なんだかやはり泣けてきた。
 
この熱気と汗と、砂塵と太陽が、破壊された楽器が夢だっていうのか?
 
 
 
ーーーーーー
 
昨日は、夏休みの読書感想文とはなんの関係もないけど、
夏目漱石先生の「夢十夜」を題材に日本人の監督が10人で作ったオムニバス映画をを久々に観たのだった。
 
それでこんな夢になったのかなと思ってみたりもするけど、
そう思ってみると、
死んだ親父とお袋が2人で並んで立っているなんて姿は久々に見たよ。
自分の病院が開院して1ヶ月でおふくろは癌で死んで、それから親父は一人で生きて、2年前に突然なくなったのだった。
リタイヤーしてからおふくろとゆっくり過ごすおやじの夢はそんなわけで叶わなかった。
でも彼は全き(まったき)を生きたのだと思う。
 
神も仏も、あの世も死後の世界も転生輪廻も、そんなものはないし、
彼らは実際「無宗教」で、自分たちがたてた同じ墓に入っているという事実だけが残った。
オレも手を合わせもしないし墓にも行かないけど、
まぁ、なんというか、お盆てことで、
漱石先生が書かれたように、100年待っていてくださいねと耳元で囁いたあの女の子のことはまだ忘れないようにしようと思ったのでした。
 
「百年、私の墓の傍に座って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」夢十夜「第一夜」・夏目漱石

 

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#595 音楽を続けるということと、my tenor saxと。

 

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いつもお世話になっているY'sカフェのピザ。ここではいつも濃い目のハイボールです。
朝日新聞益田ミリさんのエッセイ「オトナになった女子たちへ」を読む。
「10年分の楽しい火曜日」(2020/08/14)
というタイトルで、週に一回30分のレッスンで10年間続けたピアノをやめたという話だった。
最後にこう結ばれている。
”やめてしまえばまた弾けなくなるに違いない。
でも、はじめる前の「弾けないわたし」と同じじゃないのだと思う。”
 
これはなかなか良い決断だと思う。
 
確かにピアノというか、音楽が教えてくれるものは数限りなくある。
やらなければわからないことはいっぱいある。
そして芸術というものは上を目指せばきりがないし、誰しもが到達できるものではない。
多分人間は 芸術を追求するようには本当はできていないんだと思う。
 
下世話な話をして、うまいものを食って(ジャンクフードでもよろし)、ビールを飲んでぶふぁとか言って、暑いなあとクーラーをつけて寝る、
そんなことだけでもう1日はあっという間に終わってしまうし、それでまずまず満足してしまうのが人間ってものなんじゃないのかな。
例えばセックスが毎日の仕事になってしまって、昨日よりも内容を濃くしたり技術を向上させなくてはならなくなったら、ら誰もそんなものはしたくないだろう。
セックスのご褒美にちょっとした快楽があるから続くのであって、
動物みたいに繁殖のためだけのセックスなら発情期だけでいいわけで、
芸術にもそんな爆発があれば良いのだけど、
やっぱりコツコツやるのがベースであり、
時に爆発に伴う風を引き寄せて永遠に続けていくことが大事なわけで、
そのためにはかなりの 忍耐と克己心 が必要なんだと思う。
 
日常では、怠惰な快楽に人はすぐ流れてしまうし、それはそれで良きことだと思う。
 
また話がずれたな。
 
自分の音楽の話だけど、やっぱりいろんな楽器をやりたかったんだと思うよ。
ある程度の時間と、ある程度の資金力をやっと手に入れることができたから、それも大きなファクターだと思う。
 
そして、
この歳になってやっぱりやりたいことは、子供の頃から興味があったことだというのがまた面白い。
 
これも以前書いたけど、
だいたい人間の基本というのは、趣味とか嗜好とかそういうものも含めて、二十歳までにほとんどがきまっちゃうというようなことを、
坂本龍一さんが言われていて、
まったくまったくまったくその通りなのである。
 
サックスの話を。
 
色々思うところがあって、
ブルースス・プリングスティーンのE ストリートバンドのサックス奏者であったクラレンス・クレモンズさんの手にしていたサックスを欲しいと思い(もう最後のサックスなんだからミーハーでいいじゃんと思いました)、
コロナの最中に島村楽器のKくんに頼んだのだった。
 
一か月以上待ってドイツからそいつは届いた。
アルト・サックスからテナー・サックスに持ち替えようというわけだ。
 
しかし、吹いてみると同じサックス属なのに、やはりでかいだけあって音が全然違うし、音がうまく出ない。
特に低音域は全く酷い代物だった。
アドリブの練習というよりもとにかく低音を出すことばかりを練習していた(練習というほど時間をかけてないのがまたわるいところだけど)、
やっと低いCぐらいまでなんとか2/3ぐらいの確率で出せるようになった。
 
それが今の私のテナーサックスなわけで、
昨日は素晴らしいミュージシャンの方とセッションをさせていただいたりしたわけで、
緊張したり、へまこいたりし、音外したりだけど、非常に楽しい時間を過ごさせていただいた。
これが音楽を止められない所以でもある。
 
10年経ったから止めるだけの勇気を選択される益田ミリさんは清いと思うけど、
彼女にとって、それは次に行くためのおそらくステップであり、
自分はまだまだそこまで到達していないのだと思う。
 
 
 

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フラフラとたどり着いたHanoiCafeのハッタイ。ムチャうまい!酒と音楽と食い物は三位一体であります。

#594 やさしさ

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ビールがとにかくと思い、それなら餃子だと冷凍購入して、ゴーヤチップスとナスの揚げ浸しとサラダを作るそんな夜もある。

 

ダスティンホフマンになれなかったよ」っていう大塚博堂さんの歌があった。
そうそう、S&Gの「hello darkness」がいま頭をよぎって流れてます(笑)。
 
僕たちがガキの頃は、中村雅俊さんの「俺たちの旅」に惹かれて、みんなが彼の役どころである「カースケ」になりたいと思ったりしていた。
優しくなくちゃ人としては駄目だみたいな、今で言うと刷り込みだったのかな?
大人(社会)対若者(自由、優しさ、お金じゃないよ)みたいな構図はわかりやすかったしねえ。
それでもそんなテレビを、いわゆる茶の間で、親の傍らで見てたんだからなんか振り返るとおかしいよね。
そんなに理想通り行くわけないよ、と、何度も親に言われたものだ。
あんたらには何もわからないんだよと、当時はえらそうに反論したけど、穴があったら入りたい。
若い僕らが通り抜けるには、「やさしさ」という言葉は必要不可欠なタームだったのだ。
(ヲイヲイ、何振り返って総括してんだよ、おっさん!)
 
でも優しさってなんだろう?
そして思うに、人が成長するっていうことは何なんだろう?
 
そう思って振り返ってみると(やっぱり振り返るわけですよ)、
自分は他人を成長させることができたのか、
そしてそういう自分自身は果たしてちゃんと成長してきたのかと反芻してみる。
 
もうすっかりわからなくなっている。
 
でも言えるのは自分は決して優しい人間にはなれなかったなということだ。
たとえばその場で、優しい言葉をかけても、
それが本当に優しさから出たものなのかその場限りの取り繕いなのか・・と言われて考えてみると やっぱり後者の方じゃないかと思うことが増えてきた。
だからそんなものは本当の優しさなんかじゃない。
 
じゃあ本当の優しさは なんだんだろう?
例えば若いスタッフを指導する立場として、
長い目で見てその人と一生付き合っていけるか?
その時に彼や彼女たちのことをどのぐらい考えられるのか?
というようなことが本当の優しさなのかもしれないけど、
そんなことはおこがましくって口が裂けてももう言えなくなっちゃったんだよ。
 
ごめんね。
 
昨日、透析室で、「透析ケア」という雑誌をみせてもらう。
「先生の写真が載ってますよ」だって。
奈良県立医大教授・鶴屋先生の寄稿で、
若いとき、原田先生の下で働いていたときの自分たちの写真が掲載されていたのでした。
日赤腎センター時代はもう二十数年前のことだ。
あの頃、部長の原田先生はこう言われた。
「俺たち腎臓屋は、その患者さんの一生と付き合っていくんだよ」
そう今の自分にはとても言いきれそうにないよ。
 
うちの犬がこないだへろへろになって家族みんなで心配したのだけど、
そういう優しさぐらいが自分にできる関の山だなんて、
お盆の初日に思ったわけですよ。