だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#55 君は今年の冬を知らない

 
あの日の凧揚げのことを覚えているかい
僕は慎重派だってことは知ってるよね
だからなのか それとまったく関係ないのか
ちょっとずつ
ちょっとずつ手元の糸を緩めていった
凧はふわりふわりと
やがて 風に乗って急に跳ね上がった
 
凧の両端を持ってくれてた君は
いつの間にか
ちっちゃくなって そんで透き通って
その凧を持ったままで
どんどんどんどん登っていってしまったんだ
 
冬の空が こんなに澄み渡っているのは
冬の空気が こんなにも凛としているのは
君の舌っ足らずの笑い声が どこかから聴こえるのは
 
そして君は今年の冬を知らない
 
 
【蛇足】
これまた何十年ぶりかの九州南部の旅でした(学会で博多までは行ってましたけど)。
写真は、知覧の「武家屋敷庭園」で撮りました。
今回の旅行では「冬の空」をえらく意識しました。
だからこれらは結局は空の写真で、空は大気であり、大気と空気の感触にほかならないのです。その切れるような空気に触れて、感じて、そして澄み渡った空を見上げるときに、冬をまた今更のように習うのです。
 

 2019/12/31 @知覧
 

#553 映画「yesterday」を観た、そして久々のジョン・レノンのこととか、59歳になったこととか。

おはよう世界。
 
ジョンレノンが死んだのは 1980年12月8日のことだったと思う。
その翌年の4月に自分は愛媛大学の医学部というところに入学した。
何度か書いたのでだんだん記憶が捏造されているかもしれないけど、最終の面接の時にあの寒い寒い福利会館の廊下で、ジョンレノンの死んだ後に出たアンソロジーの本を読んでいたのを思い出す。
あれからもう40年も経ったのだ。
そんな自分も 、今日「平成の日」というのかな(去年までの天皇誕生日だ)? で満59歳になった。
半世紀の男とかと言って50歳の時にギャーギャー騒いでいたのに、それからもう10年近くが過ぎてしまったのだ。
 
12月8日は1日中ジョンレノンのことを考えていようと、その時(そのときって一体いつなんだ?)に思ったのだけど、いつのまにかそんな思いは消えてしまった。
と言うか、思い出すこともなく、街にジョンレノンの「ハッピークリスマス」が流れることもめっきり減って、そんななんやかやで、どんどんどんどん忘れていって、12月も末くらいになってからから一瞬だけ思い出すような日々だ。
それがリアル。
 
そしてふと思った。
ジョンがこの世に降りてこないのなら、こちらから会いに行けばいいのだというようなことを。
それは願えば叶うんじゃないのかな?
「イマジン」の歌詞みたいに。
 
 ビートルズがない世界に 突然に合わせることになったミュージシャンの男の子の人生を書いた映画「yesterday」を観たんだ。
 
公開中の映画なんで あんまり詳しいことは書けないけど、ビートルズのいなかった世界に、ビートルズを知っている ミュージシャンの彼が いるというそれだけでなんとなく映画のストーリーは察しがつくと思う。
 
今でもビートルズはやっぱり 偉大だ 。
でも自分の中ではやはりビートルズではなくジョンレノンだったのだろう。
どちらかと言うと、亡くなった後でジョンレノンに接する機会が多かった自分だけど、そのジョンレノンが今生きていたらどうかなんて考えることに意味があるのかどうか分からないと思いながらも、やはり時に考えてしまう。
それは清志郎さんにだって言えることだ 。
でも彼らはきっと言うんだろうね going on your own wayって。
 
分かったよ 分かったよ。
死んだジョンレノンの顔は恥に満ちていたかもしれないけど、それから 40年近く経って ジョンレノンは、自分の中ではあの「twist&shout」の青年に戻っている。
 
死んでいた人は 年を取らない。
年をとった自分が、むしろ若い時のジョンの中にあるものを今更のように発見したりするのだ。ずっと昔からあったはずのものなのに今更ながらに気付かされることが、そして世の中にはなんと多かったのだろう。
だから、風の匂いも、あのむせるような花の香も、くそうっとおしい蕁麻疹やら花粉も、全て享受して慈しむしかないのだろう。そんなもので世界は満ちている。満ちていたんだよ。
 
ありがとうジョンレノン、 俺は59歳になったよ。

#552 第13回 全国土佐和紙葉書絵展に応募する。

和紙絵葉書はまだ門外不出なのでかわりに。これは酒場で隣り合った、母娘の方をスケッチしたもの。
 
昨日3回目のトライアルで高知県いの町の「和紙絵葉書展」の葉書を完成させた。
 
今回は顔彩という絵の具を使って描いた。
従来の「線から描く」という手法とはちょっと変えて、アバウトな下絵を薄く鉛筆で描いて、それに直接顔彩で色を乗っけていって、仕上げには、ちょっとだけ、やはり「顔彩」を用いて細い筆で線を入れるような手法にした。
 
最近いろんなことがつまづくばかりで、
もしいるとしたらだけど、芸術の神様というか、いろんな神様から見放されているような気がしていた。
 
でも、描き初めて時間をとると、
自分の中に眠っていたものが、紙の上に勝手に走り出すのがわかった。
 
最後の1枚は、それ絵も枯渇してしまって、目を閉じていると、すぐそばで一緒に働いている、泌尿器科のパートナーの彼女のことが浮かんで、それで描いたら簡単に下書きができちゃったのでそれに昨日色をつけて完成にしたのだ、最後の1枚をね。
 
戯曲「夕鶴」の物語を思い出す。
助けてもらった鶴は よひょうのもとに嫁ぎ、
皆が寝静まり返った深夜に、自分の羽で機を織るのだった。
身を削っての恩返しは、でもそれでも鶴である「おつう」にとっては至極の幸せな行為だったんだろう。
 
自分のちっぽけな才能なんて、すぐ枯れちまう。
でも井戸は目の見えない深くにまだ水をたたえてるんだ。だから焦らないで目を閉じて心の声を聞けばいい。
たとえ今回がだめでも、また機会はやってくるんだから。
 
応募作品なのでお見せできないけど、全部で10枚。締め切りは12月22日。
こうやって作品ができた時も嬉しいけど、またそれがみんなの前で公開される事になると嬉しい。
それでもしかして賞が取れたりするともっと嬉しいとなるわけで、ほんとに何度も何度も楽しめるアイテムだよね。
 
この和紙絵葉書もこれで3回目の挑戦になる。
なんでか知らないけど1回目2回目と賞もらっちゃったので、実は天狗になっている面もあるよね。
それはねしょうがない。
トライする機会を与えてくれた「いの町」さんは、やっぱり自分の何番目かの故郷と呼んでもいいんじゃないだろうかとさえ思う。

#551 ビーフストロガノフならぬポークストロガノフ

 
そうだ、豚肉でビーフストロガノフを作ったらいいんだ、とふと思った。
調べてみると、やっぱり思う人はたくさんいるみたいで、ネットにいろんな作り方が書いてある。
生クリームを使わないやり方も書いてあって、なんだかこれは別の種類のものだなあと思う。
まあ自分の中ではストロガノフに生クリーム(実はサワークリームが本家みたい、だってロシア料理だもんなあ)は個人的には外せないアイテムなので、それを仕事帰りに生協で探して買って帰って、作り始める。
 
コンテンツは、しめじとしいたけと玉ねぎと豚肉ですね。
(付け合せは白菜ストウブ無視とベーグルサンド

 

それにしても疲弊しきっている。

仕事の時間、音楽の時間、絵の時間、ヨッパライの時間。
人間の時間があまりにも枯渇している。
 
ちなみにビーフストロガノフといえば、
学生時代に本で読んで知ったちょっとおしゃれな洋風料理でした。
どうもストロガノフ伯爵という人が考案したらしい。
それにポテトの付け合わせなんぞをつけたりして、それはそれはご馳走だったね。
ポテトも糸状にしたポテトを揚げるというのが 我々カップルの定番だったような気がする。
 
もうそれから随分の時が流れた。
 
#しんすけsきっちん
 

#550 懐かしい人と会うと、タイムマシンに乗ったみたいに過去がどんどん湧いてくるというびっくりを体感する。

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ななこSOSであります、吾妻先生。このタイトルお借りしてもう何枚か描きました。
昨日は中外製薬の勉強会に行った。糖尿病性腎不全の病診連携の話だ。
寒いせいかいつもより参加人数は少なかった(らしい)。
懇親会の席でなんとなくワイングラスを片手にボーッと立ってあたりを見回すと、懐かしい顔に出会った。
大学に在籍していた時に担当していたNくんじゃないか!
Nさんはもともと合併で中外製薬になったけど、確か所長になって神戸に行ったんだけどなぁ。
 
2年前、神戸の透析学会最終日、昼から、これまたたまたま行った動物王国の駅で彼に会った時もびっくりした。
なんでも停電騒ぎがあったので、セミナーの案内で駅でプラカード持って立ってたんだって。
おたがいみつめあって、しばらくの沈黙の後、ああ、と、声をかけたのだった。
お互い顔覚えていたことに感激したよなあ。
その彼が「なんで松山に帰ってきてるの?」
「55歳で役職定年なるわけで、それからはシニア社員と言う待遇で65まではいさせてくれるらしい」だって。
 
きっと給料も下がるんだろうなぁ。なかなかシビアな世界だなあ。やっぱりシニア社員になると問題はモチベーションよなあ。そのモチベーションが下がった分を補うっていうのかな、それは一体なんだろうとか思うに、残りの(大げさかな?)人生を豊かにすることとかで補っていくぐらいしか思い付かないよなあ。そういう面で言うと、定年がない俺たちはある種羨ましがられる存在なのかもしれないねえ。エラそうなこと言ってるなあ、オレ。人の心配するくらいなら自分の心配しろよ。以上心の声でした。
 
そんでもってNさんとずっと懇親会の間話してた。
NANAKOゃんも隣にいたけど、若い世代の彼女にも昔の懐かしい話を聴いてもらったりした。
あのときはまだふたりとも30ちょいくらいだったのかもねえ。
あの頃は、いや、でもそうやって昔を振り返るような会話に花咲くような歳になったんだね、おれたち。
全く好ましくない展開だねえ、とか言いながら、ふたりともニヤニヤなんだよねえ。
「もう大学時代、辛かった、ひどかった、悲しかった、でも楽しかった・・かなあ」
「君も昔は結構人でなしの男だったよねえ」
話は続くのでした。
 
帰宅して、
この興奮を放出しようと、
ベッドサイドに焼酎置いて、読書用のスタンドの光の下、apple pencilと妄想のみで描いた何枚目かの「Nanako S.O.S」であります。

#549 「破れたハートを売り物に」というオムニバス映画

破れたハートを売り物に

甲斐よしひろproduce(?)のオムニバス映画「破れたハートを売り物に」を観る。
なんだか、通好みの話ばかりだったけど、それはつまり萬人受けする感じではないということだ。
でもそれは制作側も承知の感じなんだろうねえ。
でも、甲斐バンドの楽曲のファンが、このドラマたちをjustfitとは、・・語らないだろうなあ。
 
それはまあいい。
 
「父と息子」という、「安奈」の話が一番受けそうだったね。
 
意を決して結婚の挨拶(*2)に行ったのに、彼女は仕事で呼び出されてしまう。
頑固オヤジっぽい一人暮らしの父(船越英一郎)と、
二人っきりの空間に置き去りにされてしまった娘の婚約者(大森南朋)が、
酒のんだり趣味だというフィルムカメラ眺めたりして、徐々に心の距離を縮めてゆく。
最後に、そんで、寡黙な父親を演じる船越さんが、カセットテレコを急に持ちだしてこたつにドンと置く。
スイッチを押す。
流れて出すのは、回転ムラのある甲斐バンドの「安奈」だ。
二人はやがて あんなぁ♪と合唱を始める。
帰ってきた娘の「あんな」ちゃんが戸口に立って二人を眺めている。
肩を組んで叫び続ける二人の男たち。
好きな娘の名前を叫んでどうしていかんだ!
好きな女の名前を叫ぶのがなんでだめなんだよぉ!(*1)
そんなドラマだ。
いいでしょ。
甲斐バンド」の楽曲をモチーフに5人の映画監督が手がけた短編で収録したオムニバス。
三島有紀子監督の「オヤジファイト」、榊英雄監督の「父と息子」、長澤雅彦監督の「この柔らかい世界」、橋本一監督の「熱海少年探偵団」、青山真治監督の「ヤキマ・カナットによろしく」の5作品で構成される。
2015年製作/日本
 
*1そんでこの情熱を忘れないようにと歌詞を書こうと思ったくらいなのでありますよ。
*2うちにも一人娘がいらっしゃるのですが、彼女が出てゆくときは、果たしてオレはどういうリアクション取るんだろうかなあ。
その他人の男と友だちになれるんだろうか?

#548 「魔法の言葉さ、ピスタチオ」勝誠二ウクレレライブ@ETERNITE de Teuf(松山)2019/11/24

 
日曜の夜はKくん が誘ってくれて、ウクレレの勝誠二さんと言う方のライブに出かけた。
二番町にある結婚式場みたいなところが会場で、ほんとおしゃれなお店でした。
40人ぐらいのキャパでのライブでしたよ。
知ってる人もちらほらいて、ライブに興奮して、曲間にはずっと「天才や!」と叫んでいたという。
 
21時前に終了して、さぁ野郎だけで2次会行こうか!と思っていると、打ち上げにKくんのコネで誘っていただけたわけです。そんなわけで嬉し恥ずかし、大街道の居酒屋で初のミュージシャンの方を交えての二次会でした。
いやいや、自分もミュージシャンの末席くらいに入るのかもしらんけど、なんせプロのミュージシャンの方と飲めるなんてなんかワクワクですね。
 
勝さんの曲で「ピスタチオ」と言う素敵なラブソングがあって、みんなで振り付けしながら合唱したわけだけど、その解釈について、さんざん勝さんは「エロ」のヒトとインプリンティングされてたこともあって、
 
自分の解釈では、
「ピスタチオ」、
ピス=piss=しょんべん→男性性器
タチ→たつ→おおきくなる
オ=男→男の子
という解釈で、君のことを思うと股間が熱くなるのさという歌なんだと勝手に解釈してライブ中は叫んでました。
だって愛の言葉、ピスタチオだもんなあ。
 
で、男の子がちんちんを立てる歌だなと解釈して、その解釈を勝さんに話したら、全然違ってました。
息子がピスタチオって言ってたので、思いついたと言う事で、
「ピス」はピース(peace)だったと言うことで・・あらら、おいらの下世話な勘ぐりはだめだめちゃんでした。
勝さん苦笑いしてましたね。
一体じゃぁピスタチオってどんな歌なのか、自分の中では結局は謎のままですけどね。
 
それにしても、勝さん、1人でルーパーやエフェクターウクレレベースを駆使して、ほんとこんなこともあんなこともすごすぎるよ!
「オレもウクレレする!」と叫んだら、隣のKくんに「ウクレレするんだったら2つぐらい楽器の断捨離しなくちゃいけませんよ」だって。あたってるだけにつらい。
二次会お開きになって、勝さん御一行に手を降って(もちろん居酒屋で絵も描きましたよ)、それからフラフラとまた野郎三人は三次会の「神戸ガレージカフェ(KGC)」を目指すのでした。
 
いやあ、音楽は素敵です!