#596 夢十夜
(写真は本文とは全く関係ありませんけどまあなんとなく選んでみました。)
異国だ。
窓の隙間から乾いた砂埃が舞い込んでくる。夏の陽射しは容赦ない。
われわれはタクシーに乗ってどこかを目指している。えらく古びた、塗装のハゲかけた、凸凹のクルマだ。
S50年代風といえばわかりやすいか。
我々は廃墟のようなところに到着する。瓦礫が積み上げられたような場所だ。
ここになにがあるのか、わからない。
瓦礫の向こうは断崖絶壁で、その先は明るい緑の水と波、そして空が抜けるように青い。
「ちょっと、目的のものを探してくるからね、クルマの中で待っててね」
そう言って、タクシーの手動のドアを開けて外に出る。
熱気が押し寄せる。
後部の座席に座っている両親の顔は、陽射しが作った影でよく見えない。
「だから、バイオリンは預かっておいてね」
そう、親父とお袋に言う。
目的の地を自分がわかっているのかどうかわからないのに自分の足取りは迷うこともなさそうだ。
そうだ、これは夢なのだ。
その時気づく。
夢だから正しいも間違いも秩序もクソもなくてもなんら不都合はない。
数十メートル歩いて、約束の場所までは歩いていけそうだということだけ確信する。
なので、振り返ってみると、
外国人の運転手が車外に出て、ケースを開け、地面にバイオリンを叩きつけて、踏みつけている。
ついで弓を手にとって曲げている。
音が聞こえないのに、骨折のように弓が折れる音が、自分の腕が折られるように聞こえた。
「何しやがるんだ!」
その声が聞こえたのか聞こえないのか、運転手はニヤリと笑って車に颯爽と乗り込んで去っていく。
後には砂煙が残るだけだ。
「何やってたんだよ、親父」
と両親を探して、みつけた彼らは、心もとない存在でしかなく、
やがて瓦礫の中の一幅の絵のようになって、風景に溶け込み煙のように消えていく。
あぁそういうことだったんだ。
これは夢だからなんでもありなんだよな。
あわよくば目が覚めたらおれのバイオリンが治ってくれますように。
そう思いながら粉々になったバイオリンまでたどりついて、楽器を見下ろしていると、なんだかやはり泣けてきた。
この熱気と汗と、砂塵と太陽が、破壊された楽器が夢だっていうのか?
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昨日は、夏休みの読書感想文とはなんの関係もないけど、
それでこんな夢になったのかなと思ってみたりもするけど、
そう思ってみると、
死んだ親父とお袋が2人で並んで立っているなんて姿は久々に見たよ。
自分の病院が開院して1ヶ月でおふくろは癌で死んで、それから親父は一人で生きて、2年前に突然なくなったのだった。
リタイヤーしてからおふくろとゆっくり過ごすおやじの夢はそんなわけで叶わなかった。
でも彼は全き(まったき)を生きたのだと思う。
神も仏も、あの世も死後の世界も転生輪廻も、そんなものはないし、
彼らは実際「無宗教」で、自分たちがたてた同じ墓に入っているという事実だけが残った。
オレも手を合わせもしないし墓にも行かないけど、
まぁ、なんというか、お盆てことで、
漱石先生が書かれたように、100年待っていてくださいねと耳元で囁いたあの女の子のことはまだ忘れないようにしようと思ったのでした。