だからオレは泌尿器科医でおしっことちんちんの医者なんだってば!(2)

生きる速さで書きなぐることができたらいいのだけど・・

#415 宇都宮餃子から始まる。

https://www.instagram.com/p/BeiUFpunfdh/

うちごはん。宇都宮餃子。大根と人参とニラのサラダ。お吸い物。ご飯。#うちごはん #しんすけsきっちん

 

22:57
今日は宇都宮の餃子を焼いて食べた。


宇都宮という街には生まれてから一度だけ行ったことがある。この四国の片田舎からは、遠い遠い場所だった。地下の寒い寒い採掘場跡を歩き、大谷観音の頭の辺りまで登って、地上は暑い夏の盛りで、タクシーの運転手さんに連れて行ってもらった店で餃子を食べた。
前の夜は地元の居酒屋で知らない夫婦と、店を出てからしばらく一緒に散歩をしたなあ。祭りの集団が威勢よく店に入ってきて、みんなで酒を飲み始めたんだっけ。その法被の後ろ姿もスケッチしたなあ。写真も素敵だけど、時間をかけて自分の拙い技術で切り取るのも、記憶への刷り込みであり、とても素敵だ。


付け合わせの大根サラダは思いつきで作ってみた。今回はマヨネーズ系は使わず、漬物とか塩昆布中心で味付けしてみた。油も使ってないのであっさりした感じだった。
お吸い物とご飯でいただきました。


でもね、そんなこともこんなことも、俺が死んだらみんな無になるんだよ。
ああと、これはブレードランナーレプリカントのセリフの受け売りです。


喋れば喋るほど全てが希薄になってくるような気がするのに喋らずにはおられない。


こんな夜は寝てしまえ。眠ってしまえ。

#414 「第11回 和紙はがき絵展」入選しました。

実は入選しました。
本人もびっくりです。

観光で訪れた「いの町 紙の博物館」で、ちょうど「第11回 和紙はがき絵展」応募用のはがきが置いてありました。
ちょうど和紙を漉いたりしてテンションも上がってた為5枚一組を買い求めました。

締切も近づいて、色付けとかも考えてたんですけど、間に合うわけもなく、
一気に美女を描いて応募しようという、いつものなし崩し作戦で、「椿倶楽部」で一晩で描き上げて5点応募しました。
入選者にだけ通知が来る、入選した作品は戻らないがそれ以外は設定すれば送り返してくれるとのことで、そうしました。

先週自宅に帰ると、封書が届いてました。

なんと613点から、
「厳正なる審査の結果、あなたの作品「憧憬」は「入選」に選ばれました。」とのことでした。

作品は平成30年2月27日から3月31日まで、高知県吾川郡の「いの町紙の博物館」で展示されてるとのことでしたよ。


まあ、5店とも筆ペン画なので、おんなじタッチと言えばそうだけど、どれが選ばれたのかなあ?
実は急いでタイトルつけたので曖昧な記憶なんですよね^^;


できたら、この目で確かめに行きたいですね!

いやあ、それにしても、ほんと、無茶うれしいですよね。
ヤッパリ好きで描いてても、こうやって誰かが評価してくださるってことは、励みになりますからねえ。
賞とか無縁の人生を生きてきとりましたけど、長生きするとたまにはええこともあるものです。
これもひとえに、自分を増長させて、描かせてくださるモデルの方々のおかげだと思っとりますよ。
ほんとありがとうございます。

まだまだ、精進しますので、是非全国の美女の皆さん、モデルになってやってくださいね。
変な下心なんて全然ありませんからねぇ。
いえい\(^o^)/

 

一応昨日描いた最新作・・

 

ulala-roo.hatenablog.jp

 

 

 

#413 「半身浴の油淋鶏」とか、instaでrecipiをかいてみる。

https://www.instagram.com/p/Becy5_pn0bh/

「半身浴 油淋鶏」【レシピ】もも肉は厚いところは切り目入れて平たく。皮にはプスプス穴を開ける。塩コショウして、片栗粉をまぶして、フライパン1cm弱の油で皮から焼く(皮の油も取り込む作戦)。そんで両面に焼き目がついたら、蓋をして揚げ蒸しに。ソースは、しょうゆ2、酢1.5、はちみつ2、ごま油1、そしてねぎの刻んだモノ。よおく色づいた肉をねぎを敷いたボウルに入れて、上からソースをかけて軽く混ぜて完成。名付けて「半身浴油淋鶏」、色っぽいでしょ!ソースが油と程よく絡んでごはんとの相性バッチリの一品となりました。つけあわせは焼き野菜に、ディップソースをつけて。え。 #うちごはん #notdiet #しんすけsきっちん

 

自分で思いつきで作った料理を、メモとして残しときたいなと思った。
音声入力とinstaがやっぱり手っ取り早そうに思えたので、喋って入れてみた。
tagづけも慣れてはないのだけど、「しんすけsきっちん」とかしてみる。
英語でなんちゃら’s recipiとかかっこよく行きたかったんだけど、なぜかなんちゃらのところで止まるので、ひらがなにしてみた次第。
それをこうやって、ちょっと言葉を追加にして今度はblogに残してみる。
なんか、考えすぎてなかなかblogの更新が停滞しがちだった。
でも、よくよく考えていると、この「おちんちんblog」は自分のための備忘録でもあったはずなのだ。
だから自己満足かもしれないけど、こうやって残してみる。

この文章のために、新たに取り入れたのは、
#remoto mouse
#G board
というスマホ用のアプリだったりする。
前者は、PCにiPhoneからしゃべくりで入力できるようになる得画期的なもの。
後者は、iPhoneGoogle音声入力付きのキーボードが使えるというもの。
そして、自分の備忘録という意味でのblogの位置を改めて教えてくれたのは、
「人生にゆとりを生み出す知の整理術」というphaさんの本だ。

 

www.seojapan.com

rinyan.net

人生にゆとりを生み出す 知の整理術

人生にゆとりを生み出す 知の整理術

 

 

#412 「日出処の天子」から「Devilman crybaby」に。

山岸凉子『日出処の天子』古代飛鳥への旅 (別冊太陽 太陽の地図帖)

 

なんだか遠くまで旅をしてきた気分だ。
 
そしてもう元の場所にはどうやったって戻れないのだということを今更のように認識する。
 
日出処の天子」のラストあたり、愛するものに嫌われてしまった聖徳太子がひとりで座している。
 
たくさんの天空仏が太子の前に現れる。
彼らは何も語らない。人が作った仏の象の形をしてそこにあるのみだ。
 
ふーんなるほど、自分でも自分を救えぬものの前に現れるというわけか?
それにしてはそなた達が何者をも救わぬのをわたしは見てきたぞ。

 

そう仏は誰も救いなどしないのだ。
天使とか仏とか如来とか、そんな神々しい形をしてそこにあるのみなのだ。
彼らと呼べるのなら、彼らは、我々人間の愚かしい営みなどには興味なんぞ抱いてはいない。
だから、嘲笑いもしないし、無視もしないし、救いの手も差し伸べやしない。
神は天におわしますのみだ。
 
そんな単純なこともわからずにいたのか?
 
Netflix で全世界同時配信をしている「デビルマンcrybaby」全10話を観た。
 
1話が25分ほどだとすると、250分の超大作だ。
たぶん原作と同じエンディングを用意した作品は、多くのデビルマンの中でもこれが初めてじゃないんだろうか?
エロく、グロく、悲しくて、純粋で、そして切ない物語だった。
牧村美樹ちゃんが惨殺されるシーンもちゃんと描かれていたよ。
わかっていても、結末はわかっていても、目を背けることも許されない。まるで現実みたいに、おれは頭のなかで何度も何度も、10代の頃からそのシーンを再生し続けて57歳になったんだから。
あの頃のおれはペシミストを気取ってた。たしかに人間には救いはなかった。
でも、そんな若造も、そうやって人間界でもう57年も生きてきたんだ。
エクスキューズなんて出来なくなったんだから、ちっとは顔を上げてもいい。
ああ、でも、それはおれの個人の物語。
それを語る舞台ではなかったよ。
 
そうなんだ、結局、不動明は愛する者を救うことはできない。
そうなのだ、誰も誰かを救うことなんてできやしないのだ。
それに気付いた時、もうヒトは元いたの場所に戻れないことを思い知らされる。
だから Cry Baby 暗い夜に、
Cry Baby、 戻れない。
 

#411 「日出処の天子」山岸凉子(白泉社文庫・全7巻)やっと読み終えました。

日出処の天子 完全版 7 (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ)

元旦の晩御飯の片付けを終えて。
山岸涼子さんの「日出処の天子」(少女漫画の名作、聖徳太子の話!)を、実はずっと前から読破しようと思って家人から借りていたのを、半年ぶりぐらいに引っ張り出してきて読み始めました。
昨日の二日、仕事を終えてピアノのレッスンを終えて帰ってきて、最後の一冊を読破しました。
この物語では、聖徳太子は同性愛嗜好者でもあり、非常にクレバーで仏教の経典にも深い読解力を有しており、その上超常能力を有しているという、そして権棒術数にも長けて無慈悲に不要なものを切り捨ててゆくという、1万円札からは想像できないキャラとして描かれているのですが、それが日本の歴史とシンクロしているというなんとも摩訶不思議な物語でありました。
自分は2016年の9月に法隆寺を訪れたわけですが(小学校以来?いった?)、その時は9月だと言うのにまだ非常に暑く、足も棒のようで、とにかく広い境内を歩くのがやっとという感じだったと記憶しております。つまり聖徳太子どころではなかったのかな。
宝物館とかではさらにギブアップだったということしか覚えておりません。
そちらに玉虫の厨子の復元モデル(レプリカ)があって、それはそれはこの世のものとは思えぬくらいきれいなものでした。
最近いろんなところで、もとの時代のきらびやかな色彩とかを復元した CG とか、こういったレプリカとかを見るんですけど、そういった形を庶民が崇拝したということはうなづけます。往時の仏教ってど派手だったんだと思いますよ。東大寺の大仏さんだって本当はきんきらだったんだろうからね。金箔だからね。仏像は形でありますが魂を込めた入れ物だったんです。 でも、そのために、一般の人たちがどれくらい犠牲になったかを考えると、宗教とか国家というものはますます信用できなくなってくるんですよね。
この話、聖徳太子と関係有るようでないようで、やっぱりあるんだと思います。
まだ仏教が完全に日本に根付く前の、神道vs仏教、朝廷と豪族の関係、新羅百済、そして隋の国、そういった混沌の中に、日本はその形を作っていったのですから。
この「日出処の天子」の中に、「仏は誰も救けない」というふうに太子がつぶやくシーンがあるのですが、仏はたしかにおわしめすだけ、衆生を見られているだけの存在なのかもしれないなあ、と、宗教心のない自分は妙に納得したのでした。
そしていつの世にも、ヒトの煩悩やら悩みなんて変わることないのだなあという、安堵と諦念も。

#410 師走の前の日と、「ゴボウのスパイシーサラダ」

 

#今日も透析があるので病院で仕事をしてます。

病院では、毎日非日常のようなことが、日常として起きてます。

今日も朝から悪い患者さんがバタバタと続きます。

それを日常として生きてる医療従事者の日常も、考え方によってはちょっと異常なのかもしれません。常に疾患を有している弱者という存在を相手に生きている世界で、正常でいること・いつづけることは、非常にストレスフルなのかなあと、我が事なのに他人事のように考えております 。

こんな世界で自分を律していつづけることっていうのは、やはり非常にハードなんだと思います。

 

#今日も隙を見て、「男性下部尿路症状診療ガイドライン」に沿って原稿を作っているのですけど、最近のガイドラインによくあるCQ(クリニカルクエスチョン)の解説を具体的にしていこうと思って始めたら、かなりの大作になりそうです。

もう時間超過で他のことが喋れないくらいね。

実際の臨床で、一開業医が、どういうふうに考えて対応しているかっていうことに関する「虎の巻」みたいになりそうですよ。自分にとってはまあ当たり前の事共ではあるんですけどね。まあ単なる自画自賛かな。

でも、これは製薬会社の方にとっては絶対役に立つ内容じゃないのかな?

ほんと自画自賛のおっさんですね^^;

 

#昨日の夕方、仕事を終えて帰るとうちの娘が台所に立ってiPhone眺めてます。いやあ、今時はみんなこんな感じでレシピ決めるんよねえ。

で、娘に「なにつくっとん?」と聞くと、「うーん」といういつもの曖昧フレーズ。

昨日は彼女がうちごはん担当だったのです。

 

大根を煮込んでいるので「それだけ?」

「・・・・」

返事ないので、「じゃあおとうさんも一品作ってもいい?野菜余っとんのがあるんよ。」と。

なので、ちょっとごぼうを使ってと思い立ってサラダを作ったので久々のmemoを。

あとの一品は、うちのお嬢の作った、大根と焼豚の柔らかい感じの煮込みでした。ゆで卵が入っとるのがなんか微笑ましい感じでありました。

 

ゴボウのスパイシーサラダ


【材料】ごぼう1/2*3本 ニラ一把 レモンの皮少々 マッシュルーム好きなだけ モッツァレラチーズ 大根の薄切り

醤油小さじ1・塩コショウ酢少々・マヨネーズ適量・コーレーグース適量

 

ごぼうは皮をこそげてスライサーで細長い断面にしておき、酢水に浸す。

ニラは自分の好きな長さに切る。

モッツァレラチーズは手でちぎる。マッシュルーム薄切りに。

大根はいちょう切りにして塩で揉んでしばらく置いておく。

ごぼうをざるにあげる。鍋に水と塩少々を入れてごぼうを入れて、沸騰して30秒ぐらいであげる。同じお湯でニラも20秒ほど茹でる。

ボウルに素材をぶち込んで、亜麻仁油と塩少々入れてもんで、マヨネーズとコーレグースと絞ったレモンで味を調整する。

 

#409 2017年12月29日

Fiddling

(いつかこんなんやってみたいですね)
 
透析があるので病院で仕事をしてます。
 
今日は病院のワックスがけも並行して行なわれてますのでなんだか余計に落ち着きません。
まあ、昨日はえらく遅くまで飲んだので、体がだるく、案の定二日酔いのていであります、ってえのが実際のところですかね。
 
2月に製薬会社の社内講師を頼まれているので、その原稿を、下調べしながらちょっとずつ作っています。
いろんな講演会を製薬会社が偉い先生を呼んでくださって開いてくださって、 Web にもいろんな情報が溢れていて、そんな中で、実際薬のプロモーションをしている製薬会社の社員数人のために何を話したら響くのかなあ?
・・・という風に懐疑的に思ってしまいます。
引き受けるたびに後悔が先に立つようになりました。
みんなよくやるよね。すごいなあ。
 
そういったこととか、いろいろ、やらなければいけないことを明確にして、計画を立てて来年を進めていこう、と、毎年年末には思っているような気がします。
だけどなし崩しになっちゃうんですよね。頑張らなければ。
 
ヒト様から見れば、もう分別ある大人なんだからなあ。
 
昨日はライブハウスY’s Cafeでブルーグラスの忘年会というのがあって、自分の所属しているアイリッシュのグループもそれに混ぜてもらっての参加だったのですが、自分もプレイしたり、興奮してブルーグラスの人のバックでフィドルを弾いたりと、ほんとエキサイティングな一夜でした。
 
本当に世の中には色んな音楽がありますけど、どんな音楽も素晴らしいです。
この数年間は以前よりは音楽漬けの人生を送れて、しんどいこともあるけど本当に幸せ者です。
 
いつ死んでもええなあ・・って最近こればっかり言ってますね。